人 ●
七九 或「梁の恵王曰く、寡人の国に於けるやの章」
●
の義を問ふ。曰く、恵王の心を尽すは、後章の其
の心を尽す者は其の性を知るなりとの心を尽すと、
し
字同じくして旨異なれり。もし先づ之を弁ぜずし
て、而て一章の義を解かば、則ち無数の言語を費
し、而て天理人欲、終に分暁する能はざるなり。
●
夫れ恵王の心を尽すは、即ち人心を尽すものなり。
人心は便ち是れ人欲にして而て不仁なり。恵王戦
を好むの心は、乃ち人欲の中尤も不仁なるものな
きみん てん
り。人欲の中尤も不仁の心を尽し、而て飢民を転
せん けいかう おのれ
遷し、以て其の多少せ計較す、要するに己が一身
こや どくらく
を肥し、而て独楽を極めんと欲するものなり。盗
なん
賊の心と奚ぞ以て異ならんや。是の故に終に其の
●びらん か じゆん
民を靡爛し、子弟を駆りて以て之に殉ず。是れ皆
其の人心を尽す上より来る、然らば則ち人心を尽
だんぜつ
すは、断絶せざるべからざるなり。聖賢の心を尽
●
すは、即ち道心を尽すものなり。道心は便ち是れ
したが
天理にして仁なり。真に天理に率へば、則ち父に
事へて孝、兄に事へて弟なり。其の孝弟の心を一
国に推せば、則ち一国の人其の教化に服し、而て
つひ ●
入つては孝、出ては弟、卒に五十帛を衣、七十肉
●はんぱく ふたい
を食ひ、頒白は負戴せざるの仁化に至る。而て又
ぎよべつ び おんぱ よく
魚鼈草木の微も、其の恩波に浴せざるなし。是れ
皆道心を尽す上より来る。然らば則ち道心を尽す
は、勉強せざるべからざるなり。而て人心を尽す
けん かう
の験乃ち彼の如く、道心を尽すの效即ち此の如し。
あ ゝ わづか わか
磋夫、初め纔に源を一心に岐つ、而て治乱を国家
●せうじやう じやう/\
に致す、実に霄壌の如し。孟子王道を以て諄諄と
せいりよう
して斉梁の君に告ぐ、此を以てにあらざらんや。
どく つゝ あら
後の人独を慎しみ心を洗はずして、而て徒に心を
たいてい あやふ
尽すと云ふ。則ち大抵其の人心の危きものを尽し
ぜ び ●りんしよ
て以て是と為し、而て道心の微、日に淪胥して以
ほこ
て亡ぶ。而も猶世に誇つて曰く、我れ善く吾が心
●もと
を尽すと、亦た左らずや。
或問梁恵王曰寡人之於国也章之義、曰、恵
王之尽心、与後章尽其心者、知其性也之
尽心、字同而旨異、如不先弁之、而解一章
之義、則費無数之言語、而天理人欲、終不
能分暁也、夫恵王之尽心、即尽人心者也、
人心、便是人欲而不仁也、恵王好戦之心、乃
人欲中尤不仁者也、尽人欲中尤不仁之心、而
転遷飢民、以計較其多少、要欲肥己一身
而極独楽者也、与盗賊之心奚以異哉、是故
終靡爛其民、駆子弟以殉之、是皆自尽
其人心上来、然則尽人心、不可不断絶
也、聖賢之尽心、即尽道心者也、道心、便
是天理而仁也、真率天理、則事父孝、事兄
弟、推其孝弟之心於一国、則一国之人服其
教化、而入孝出弟、卒至於五十衣帛、七十
食肉、頒白不負戴之仁化、而又魚鼈草木之
微、莫不浴其恩波焉、是皆自尽道心上
来、然則尽道心、不可不勉強也、而尽
人心之験乃如彼、尽道心之效即如此、嗟
夫、初纔岐源於一心、而致治乱於国家、実
如霄壌、孟子以王道諄諄告斉梁之君、不
以此乎、後之人不慎独洗心、而徒尽心云、
則大抵尽其人心危也者以為是、而道心之微、
日淪胥以亡矣、而猶誇世曰、我善尽吾心、
不亦左乎、
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●孟子、梁恵王
篇に見ゆ。
●後章。孟子尽
心篇上。
●人心。人心惟
危の人心にて、
欲心なり。
●靡爛。とらか
し、たゞらす。
●道心。道心惟
微の道心にて、
本性の心なり。
●孟子梁恵王篇
に出づ。
●頒白云々。白
髪の半ば雑れる
老人は、重き物
を負ひ又は頭に
戴せなどして、
労役に従事せず。
●霄壌。天地の
相違。
●淪胥。胥は相
(あひ)なり、
相共に沈(淪)
み亡ぶ。
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