しよかつぶこう ● いまし
八四 請葛武侯子を誡むる書に曰く、「夫れ君子の
せい おさ けん ●たんぱく
行は、静以て身を修め、倹以て徳を養ふ。澹薄に
●ねいせい
あらざれば以て志を明らかにするなく、寧静にあ
らざれば以て遠きに致すなし。夫れ学は静を欲す
るなり、才は学を欲するなり。学にあらざれば以
て才を広むる無く、静にあらざれば以て学を成す
●たうまん せい みが ●けんさう
無し。慢なれば則ち精を研く能はず。険躁なれ
をさ は
ば則ち性を理むる能はず。年は時と馳せ、意は日
●こらく
と去り、遂に枯落を成し、多く世に接せず、悲ん
きうろ ま ま ひそ
で廬を守る、将た復た何ぞ及ばん」と。竊かに
つ
公の此の書と公の行事とに即いて以て之を考ふれ
まさ
ば、則ち当に公の学は直ちに大学の上より来り、
●こうそうしまう けつみやく
而て孔曾思孟の血脈なるを知るべきなり。其の身
を修むと曰ひ、徳を養ふと曰ひ、志を明らかにす
と曰ひ、遠きに致すと曰ひ、才を広むと曰ひ、学
みが をさ
を成すと曰ひ、精を研くと曰ひ、性を理むと曰ふ、
●ないきう
皆是れ内求の功にして、而て外求にあらざるなり。
こ ●てい
而て四箇の静の字を以て之を一貫す、則ち大学定
せい
静の旨と同一なり。故に公の身を修め、徳を養ひ、
志を明らかにし、遠きに致し、才を広め、学を成
みが をさ
し、精を研き、性を理むる、諸々内求の功は、独
さうろ ●せんしゆ
り静中より得るのみならず、草廬を出でて先主を
たす きよぞく すゐし へう
佐け、巨賊を討して漢業を興し、出師の表を上つ
な すで ● し ば
て以て鬼神を泣かしめ己に死せる身を以て司馬を
こうくんいこう こ
走らすの鴻勲異功の如きと錐も、皆又た這の静の
と
影のみ。其の王佐の才にして而て覇者の徒にあら
ざること、是に於て見るべし。然らば則ち静なる
●
ものは、豈万事の大頭脳にあらずや。故に周子曰
く、「聖人之を定むるに、中正仁義を以てし、而
このしよ
て静を主とす」と。此れ必ず大学と公の此書とに
せきじゆ ●
根ざし来る。故に昔儒謂ふ、「先儒の理学を言ふ
者、未だ静に取らざる者あらざるなり。則ち武侯
の謂はゆる静以て身を修む、静にあらざれば以て
学を成すなしとは実に前聖の未だ発せざる所を発
ひら
し、後賢の啓かんと欲する所を啓く、豈理学の正
宗にあらざるか」と。吾れ亦た以て然りと為す、
あ ゝ ●ごんせん
鳴呼、静の静なる所以は、則ち言詮の及ぶべき所
にあらざるなり。周子の謂はゆる無欲を以て之を
●たいてん ●はうふつ ちか
体貼せば、則ち其の髣髴を見るに庶からんか。
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●子を誡むる書。
請葛丞相集に載
る。
●澹薄。淡泊倹
素。
●寧静。安寧平
静。
●慢。ほしい
まゝ、あなどる。
●険躁。陰険に
して、落ちつか
ぬこと。
●枯落。落ちぶ
れて棄たりもの
になる。
●孔曾思孟。孔
子、曾参、子思、
孟軻。
●内求。内求は
内に向つて心を
治める。外求は
読書によつて智
を読む。
●定静。大学の
始め「止るを
知つて後に定る
あり、定まつて
後能く静云々」
とあり。
●先生。蜀漢の
昭烈皇帝劉備。
●死せる身云々。
孔明死後、生け
る如く装ひて、
敵将司馬仲達を
走らす。時人之
を評して「死せ
る孔明、生ける
仲達を走らす」
といふ。
●周子。周敦、
濂渓と号す。此
の語太極図説に
出づ。
●理学。性理学。
●言詮。言語の
上の詮議だて。
●体貼。我身に、
ぴたりと引合せ
体験する意。
●髣髴。大体の
面影といふ如し。
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