一一〇 張子曰く、「太虚は自然の道、之を行ふの
おもふ ●
要は思に在り。故に曰く、誠を思ふ」と。又た曰
まこと
く、「誠は則ち実なり、太虚は天の寔なり、万物
足るを太虚に取る。人亦た太虚に出づ、太虚は心
の寔なり」と。又た曰く、「天地の道は至虚を以
て実と為すにあらざるはなし。人は須らく虚中に
於て実を求め出すべし。聖人は虚の至り、故に其
えら くは
の善を択ぶこと自から精し。心の虚なる能はざる
●しんがい くさ
者は、物あつて榛礙す。金鉄も時あつて腐れ、山
くだ やぶ
嶽も時あつて摧く。凡そ有形の物は即ち壊れ易し。
どうやう しほう
惟だ太虚は動揺なし。故に至宝たり」と。又た曰
く、「天地は虚を以て徳と為す、至善は虚なり、
そ
虚は天地の祖なり、天地は虚中より来る」と。又
げん
た曰く、「虚は仁の原、忠恕は仁と倶に生ず。礼
儀は仁の用なり」と。又た曰く、「敦厚虚静は仁
の本なり。敬和接物は仁の用なり」と。又た曰く、
「心を虚にして然る後能く心を尽す」と。又た曰
く、「虚なれば則ち仁を生ず。仁は理以て之を成
すに在り」と。又た曰く、「虚心なれば則ち外以
るゐ
て累を為すものなし」と。又た曰く、「常に心を
●
以て天の虚を求むべし。大人は其の赤子の心を失
はず、赤子の心は今知るべきなり、其の虚なるを
以てなり」と。又た曰く、「静は善の本、虚は静
の本。静は猶動に対す、虚は則ち至一なり」と。
右十有一條は、張子人に太虚に帰するを教ゆるの
のり
則なり。而て其の静や、赤子の心や、無累や、仁
や、尽心や、自然や、敬和や、礼義や、忠恕や、
至善や、実や、誠や、太虚より出づるにあらざれ
よ
ば、則ち善しと雖も偽に流る、故に太虚に帰すれ
●
ば則ち皆其の徳なり。帝王の政、聖賢の学、此れ
に外ならず。吾が党の学人、宜しく心を尽すべき
ものなり。
張子曰、「太虚者、自然之道、行 之要在 思、
故曰、思 誠、」又曰、「誠者則実也、太虚者、
天之寔也、万物取 足於太虚 、人亦出 於太虚 、
太虚者、心之寔也」、又曰、「天地之道、無
非 以 至虚 為 実、人須 於 虚中 求 出実 、
聖人虚之至、故択 其善 自精、心之不 能 虚
者、有 物榛礙、金鉄有 時而腐、山嶽有 時而
摧、凡有形之物即易 壊、惟太虚無 動揺 、故
為 至宝 、」又曰、「天地以 虚為 徳、至善
者虚也、虚者、天地之祖、天地従 虚中 来」、
又曰、「虚者、仁之原、忠恕者、与 仁倶生、
礼義者、仁之用」、又曰、「敦厚虚静、仁之
本、敬和接吻、仁之用」、又曰、「虚 心、然
後能尽 心、」又曰、「虚則生 仁、仁在 理以
成 之」、又曰、「虚心則無 外以為 累」、又
曰、「当 以 心求 天之虚 大人不 失 其赤子
之心 、赤子之心今可 知也、以 其虚 也、」
又曰、「静者、善之本、虚者、静之本、静猶
対 動、虚則至一、」右十有一條、張子教 人
帰 乎太虚 之則也、而其静也、赤子之心也、
無累也、仁也、尽心也、自然也、敬和也、礼
義也、忠恕也、至善也、実也、誠也、非 自
太虚 出 焉、則雖 善流 於偽 故帰 乎太虚 、
則皆其徳也、帝王之政、聖賢之学、不 外 乎
此 、吾党之学人、宜 尽 心焉者也、
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●孟子に「誠は
天の道なり、誠
を思ふは人の道
なり」とあり。
●榛礙。さゝは
り妨ぐ。
●孟子離婁篇の
語。
●太虚に帰すれ
ば、前の諸善は
皆偽とならず、
徳となる。
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