山田準『洗心洞箚記』(本文)27 Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.5.3

玄関へ

大塩の乱関係史料集目次


『洗心洞箚記』 (本文)

その27

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

       三八 眼を開き天地を俯仰して以て之を観れば、則ち   じようせき   壌石は即ち吾が肉骨なり、草木は即ち吾が毛髪な   り、雨水川流は即ち吾が膏血精液なり、雲煙風籟             は即ち吾が呼吸吹嘘なり、日月星辰の光は即ち吾                         が両眼の光なり、春夏秋冬の運は即ち吾が五常の   運なり、而て太虚は即ち吾が心の蘊なり。鳴呼人   七尺の躯、而かも天地と斉しきこと乃ち此の如し、      三才の称豈徒然ならんや。宜しく気質を変化して   以て太虚の体に復るべきなり。    開眼俯仰天地以観之、則壊石即吾肉骨、草    木即吾毛髪、雨水川流、即吾膏血精液、雲煙風    籟、即吾呼吸吹嘘、日月星辰之光、即吾両眼之    光、春夏秋冬之運、即吾五常之運、而太虚即吾    心之蘊也、鳴呼、人七尺之躯、而与天地斉乃    如此、三才之称、豈徒然哉、宜化気質、    以復太虚之体也、







吹嘘。吹は呼、
嘘は吸。

五常。仁義礼
智信。




三才。天地人
なり、易の繋辞
伝に出づ。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その26/その28

大塩の乱関係史料集目次

玄関へ