●
三九 孔子自ら素王と称すれば則ち不可なり。而て後
そ ●
人素王と称するは則ち不可なることなし。左丘明
●
自ら素臣と称すれば則ち不可なり。而て後人素臣
と称するは則ち不可なることなし。春秋の経は、
ちつちよく ●じようしやく
三代の典刑にして、而て善悪を黜陟するの縄尺な
ぎようせき
り。左氏の伝は、上下の行迹にして、而て妖魔を
●ごうきやう
照燭するの業鏡なり。只だそれ縄尺なり、万世天
下を治む、素王にあらずして何ぞ。只だそれ業鏡
なり、当時の邪正を公にす、素臣にあらずして何
ぞ。且つもし伝なくば、則ち天子諸侯より士大夫
しめつ ちか
に至るまで、邪心醜態、滅して聞ゆるなきに庶
しよう
し。然らば則ち妖魔各々照を逃れ、而て来世の人
こ
亦た懲るるを知らず。故に学者誠心其の伝を読む
者は、善悪の心を起さざるを得ず。然れども邪心
俗慮を以て之を読まば、則ち已に反つて妖魔に化
こうしよく
せられ、而て業鏡其の垢蝕する所となり、左氏の
本旨を失ふこと益々遠からん。
孔子自称素王則不可、而後人称素王則無不
可也、左丘明自称素臣則不可、而後人称素
臣則無不可也、春秋之経、三代之典刑、而
黜善悪陟之縄尺也、左氏之伝、上下之行迹、
而照燭妖魔業鏡也、只其縄尺也、治万世天
下焉、非素王而何、只其業鏡也、公当時邪
正焉、非素臣而何、且如無伝、則自天子諸
侯至士大夫、邪心醜態、庶乎滅無聞矣、
然則妖魔各逃照、而来世之人亦不知懲、故
学者誠心読其伝者、不得不起善悪之心、
然以邪心俗慮読之、則已反化妖魔、而業
鏡為其所垢蝕失左氏之本旨益遠矣、
|
●素王。位なく、
王たる徳のある
人、杜預の左伝
序に見ゆ。孔子
を称す。
●左丘明。左伝
を著はす。
●素臣。素王の
臣、左伝序に見
ゆ。
●縄尺。のり、
おきて。
●業鏡。仏語、
業は因縁、それ
を照らす鏡。
|