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一二〇 李延平先生始めて書を以て羅予章先生に謁
す。略に曰く、「之を聞く、天下に三本あり、
父之を生み、師之を教へ、君之を治む、其の一を
か
闕けば則ち木立たずと。古の聖賢師あらざること
●
莫し、七十二子の徒、孔子を得て益々明かなり。
つた
孟氏の後、道伝ふる所を失ふ。其の徒を聚めて相
くとう や
伝授する者は、句読文義のみ、之を熄むと謂うて
可なり。惟だ先生は亀山の講席に服膺すること年
いは ●ふでん
あり、況んや嘗て伊川の門に及び、不伝の道を千
ぐ ひ ●ふつすゐ と
五百歳の後に得るをや。の愚鄙、祓を操つて
こゝ
以て掃除に供はらんと欲すること、茲に幾年なり。
いたづら ●
徒に挙子の業を習ふを以て、復た門下に役せらる
けん/\
るを得ず。而も今曰拳拳として教を求めんと欲す
り お も
る者は、求むる所利禄より大なるものあるを以謂
へばなり。道は以て心を治むべし。猶食の飽に克
ふせ うれひ
ち、衣の寒を禦ぐごとし。人餞寒の患に迫るもの
くわう/\ はかりごと ●ざうじてんぱい
あらば皇皇として衣食の謀を為し、造次顛沛も未
だ始めより忘れざるなり。心の治らざるに至つて
お おもんばか
は、世を没へて慮るを知らざるあり、豈心を愛す
こうたい し
ること口体に若かざらんや、思はざること甚し
云々」と。先生の此の書を玩味するに、亀山が嘗
て明道先生に見えしの書と同一意なり、而て先生
の学の純粋正大なること見るべし。其の徒を聚め
くとう
て相伝授する者は、句読文義のみ、求むる所、利
たく いづく
禄より大なるもありとの卓見にあらずんば、焉ん
●いらくえんげん
ぞ能く伊洛淵源の味を得るに足らんや。然れども、
には おどろ
人遽かに之を読まば、則ち駭きて、以て狂と為さ
ん、何となれば周亡びて漢に至るまで、名儒碩学、
●はんぱんひん/\ しばら
其の朝に林立し彬彬たり。姑く漢に就いて之
●しんこう かきうかう
を言へば、則ち儒林は申公より瑕丘江に至るまで
●りう しゆく か ば ●やうか
凡そ七人、而て劉・叔・賈・馬亦た儒なり。楊何
ぼうぼう ゆう ●きやうかう
より房鳳に至るまで凡そ二十有七人、而て匡衡・
やうゆう ●りうこん さいげん
楊雄等亦た儒なり。劉昆より蔡玄に至るまで凡そ
●ばゆう ぢやうげん
四十有一人、而て馬融・鄭玄等亦た儒なり。而て
へ へ いた
又た三国を更、六朝隋唐を歴て宋に迄るまで、儒
あ
学勝げて記すべからざるなり、而て先生の之を抹
にはか
殺するに句読文義を以てす。故に曰ふ、人遽に之
おどろ
を読まば駭いて以て狂と為さんと。然れども其の
●とうちうじよ おうちうえん かんたいし
中董仲舒、王仲淹、韓退之数公を除くの外は、実
しう
に其の謂はゆる道を見得せる者あらざるなり。終
しんさつし はうちやく
身冊子文字の上に放著せるのみ、先生豈我れを欺
かんや。而て道を見得する能はざるは、他無し、
利禄の念惟だ是れ蔽へばなり。故に胸万巻に富み、
くち ●こゝ
而て口錦繍を吐くと雖も、其の志此に在つて彼れ
●がんびん
に在らず、則ち其の求むる所顔閔と背馳す。之を
す こゝろざし
総ぶるに、志利禄に在るを以て、故に句読文義に
従事するなり。句読文義に従事するは、則ち利禄
を求むるなり、首尾を相為す、而て道の伝らざる
こゝ も がうさう ●ゑん
は此に在り。先生本と豪爽にして轅を改め、道を
らもん へ いらく さかのぼ
羅門に求め、以て亀山を歴て、伊洛に溯り、千歳
ふでん ●しやう
不伝の道を得、而て又之を紫陽に授け、終に天下
だうとう ●りやうせき ゐ しか
道統の梁脊となる、豈亦た偉ならずや。而らば後
進何を以て、其の道味を窺ひ得ん、亦た他無し、
只だ先生の教に従はば則ち必ず得ん。教とは何ぞ、
か
心を治むるの功を以て、衣食の謀に易ふれば則ち
ち か
庶幾し。
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●李延平。李
字は中、羅予
章に従学す、仕
へず、朱子嘗て
師事す、延平先
生と称す。
●七十二子。孔
子世家に、孔子
の弟子、身六芸
に通せし者七十
二人とあり。
●伊川兄明道の
墓に序して曰ふ
「孟子死して聖
人の学伝らず、
先生千五百年の
後に生れ、不伝
の学を遺経に得
云々。」
●祓。はたき
や箒。
●挙子の業。科
挙試験の業。
●造次顛沛。造
次はかりそめの
義、顛沛は艱難
の義、論語に見
ゆ。
●伊洛。伊水洛
水、二程子の居
りし処、程学を
いふ。
●彬彬。盛
んに美しい。
●申公等七人、
漢書儒林伝に見
ゆ。
●劉向、叙孫通、
賈誼、司馬遷、
漢書列伝に見ゆ。
●楊何等二十有
七人、漢書儒林
伝に見ゆ。
●匡衡、楊雄、
漢書列伝に見ゆ。
●劉昆等四十有
一人、後漢書儒
林伝に見ゆ。
●馬融、鄭玄。
後漢書列伝に見
ゆ。
●董仲舒は前漢、
王仲淹は文中子
と称す。随代の
人皆大儒、韓退
之は唐の韓愈、
文儒。
●志利禄に在つ
て道に在らず。
●顔閔。孔門の
顔回・閔子騫。
●轅を改。行き
方を変へる。
●紫陽。朱子紫
陽書院に主たり。
●梁脊。棟梁脊
髄。
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