山田準『洗心洞箚記』(本文)288 Я[大塩の乱 資料館]Я
2011.2.8

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『洗心洞箚記』 (本文)

その288

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

下 巻訳者註

                さわ   のゝし 一三五 陽明語録に曰く、「一日市中閧いで詬る。      なんじ          なんじ  甲曰く、爾天理なしと。乙曰く、爾天理無しと。         あざむ  甲曰く、爾心を欺くと。乙曰く、爾心を欺くと、                       先生之を聞いて、弟子を呼んで曰く、之を聴け、  か  ふ じゆん/\              のゝし  夫の夫々として学を講ぜりと。弟子曰く、詬れ      いづく  るなり、焉んぞ学ばんと。曰く、汝聞かずや。天  理と曰ひ、心と曰ふ、学を講ずるにあらずして何              いづく のゝし  ぞと。曰く、既に学べり、焉ぞ詬れるやと。曰く、   か   ふ     た  これ    せ       これ おのれ  夫の夫や、惟だ諸を人責むるを知りて、諸を己に  はん               たいわ  やうも  反するを知らざる故なり」と、又た泰和の楊茂  其人聾にして、自から門に候して見えんことを                       さと  求む、先生字を以て問ふ、茂字を以て答ふ に諭       なんぢ くち ぜ ひ  して曰く、が口是非を言ふこと能はず、が耳                また  是非を聴くこと能はず。が心還能く是非を知る  や否やと。 答へて曰く、是非を知ると 此の如く     くち  ばが口人に如かずと雖も、が耳人に如かずと         また  雖も、が心は還人と一般なり。 茂時に首肯し  拱謝す 大凡そ人は只だ是れ此の心のみ。此の心                若し能く天理を存せば、是れ箇の聖賢の心なり。                      また  口言ふ能はずと雖も、耳聴く能はずと雖も、也是   この  れ箇言ふ能はず聴く能はざるの聖賢なり。心もし              きんじう         くち  天理を存せずば、是れ箇の禽獣の心なり。口能く   い          みゝ    き          また       こ  言ふと雖も、耳能く聴くと雖も、也只だ是れ箇の  能く言ひ、能く聴くの禽獣のみ。 茂時にを扣          じよこん  いて天を指す 如今父母に於て、但だの心の    つく  孝を尽せ。兄長に於て、但だの心の敬を尽せ。                    けんわ  郷党鄰里宗族親戚に於て、但だの心の謙和恭順        たいまん    しんくわい  を尽せ。人の怠慢を見るも、嗔怪するを要せず、    ざいり     たんと          りめん  人の財利を見るも、貪図するを要せず。但だ裏面         そ  ぜ             に在つての那の是とするの心を行へ。の那の           なか   たと         非とするの心を行ふ莫れ、縦ひ外面の人を是と      またき        もち       ふ ぜ  説くも、也聴くことを須ひざれ、を不是と説く           もち  も、また聴くことを須ひざれ。 茂時に首肯して        くち              かん  拝謝す が口是非を言ふこと能はず、多少の閑   ぜ ひ  せうれう        みゝ  是非を省了す、が耳是非を聞くこと能はず、多    かん ぜ ひ  少の閑是非を省了す。凡そ是非を説けば、便ち是       ぼんなう           すなは  非を生じ、煩悩を生ず。是非を聴けば、便ち是非    そ    ぼんなう  を添へ、煩悩を添ふ。が口説くこと能はず、                   せうれう  が耳聴くこと能はず、多少の閑是非を省了し、多                    きよた  少の閑煩悩を省了す。別人に比すれば許多を快     れう  活自在了するに到らんと。 茂時にを扣き天を             なんじ  指し地に 我れ如今が教ゆ、但だ終曰の       こうり        もち  心に行へ、口裏に説くを消ひず。但だ終曰の心       じ り       もち  に聴け、耳裏に聴くを消ひずと。 茂時に稽首再                   いきよ  拝するのみ 先生三十一歳、嘗て西湖に移居し、  なんへいこはう           ぜんざ  南屏虎の間を往来す。僧あり禅坐すること三年、          かつ         こ   をしやう   くち  語らず視ず。先生喝して曰く、這の和尚、終日口   は は な に      がんさう/\  な に  巴巴、甚麼を説く、終日眼、甚麼を看ると。       僧驚き起つ。先生其の家を問ふ、対へて曰く、母            ねん  の在るありと。曰く、念を起すや否やと。対へて  曰く、念を起さざる能はずと。先生即ち親を愛す           さと     ていきふ    はち たづさ  る本性を指して之を諭す。僧涕泣拝謝し、鉢を挈  へて帰れり。」夫れ陽明先生の学は、只だ中庸に                 謂はゆる、大を語れば天下能く載する莫し、小を  語れば天下能く破る無きの二義に止るのみ、故に         つらぬ              能く一以て之を貫けり。豈此れに通じて彼れに碍               くら  はり、上に明らかにして下に暗きものの如くなら     しか        ぜん        んや。而も世に先生を以て禅に庶しと為す。独り  大を語れば天下能く載する莫きの上に在つて然り               と為すのみならず、又た其の小を語れば天下能く         くわん              破る莫きの或は管せざるを疑あるを以て、故に誣   き    こゝ              毀一に此に至る。是の故に吾れ先づ其の天を生じ                     ひつさ  地を生ずる等の説を略し、只だ右の三條を提げて             よくかい かんでき    がんれつふ  以て子弟に告げて曰く、慾海に陥溺し、頑劣不霊  しくわい  市の如しと雖も、其の争ふに当つてや、猶心を                  りようちせう/\ぜん  欺くと曰ひ、天理無しと曰ふ、則ち良知照照然と                おのれ  して見るべし。其の人を責めて己を責めざるは、    りよくしよう       とうそうちゆう   ねん  特に利欲障のみ。先生其の闘争中の良心を拈して、    かへ         くわんせい  以て反つて講学の諸君子を喚醒す。而て又た字を         ろうあ   さと  以て教を乞ふの聾を喩して、それをして自から        しきにん       けいしゆさいはい  其の心の良を識認し、而て稽首再拝して以て自得  しむ。而て又た坐禅僧に母を思ふの念を問うて、    ていきうはいしや はち たづさ         ぞくくわん  之を涕泣拝謝し鉢を挈へて帰らしむ。其の余属官            うつたへ           どうこく  に答ふるの格物、父子の訟を聴いて、以て慟哭せ                  の         けみ  めしし等の事義は、既に伝習録に載れり、則ち閲  するものは必ず之を知らん。此れ皆豈愚夫婦と同                       しん  じの学にして、小を語れば天下能く破る莫きの真  しう  修実験にあらずや。子弟輩心の良知を致して怠ら          とも   さいは  ずんば、則ち終に倶に大小載破する莫きの道を得    あゝ く く   ふろん      べん  ん。吁区区の浮論、何ぞ弁ずるに足らんや。


此の話、愈本
伝習録に見ゆ。

閧は騒ぐ、詬
は罵る。


夫夫。彼の男
といふ如し、礼
記檀弓曾子の語
に「夫夫也、為
習於礼者云々」
とあり、鄭註に
云ふ「夫夫とは
此の丈夫といふ
如し」と。

諸を己云々。
学問は己に研磨
してこそ学問
なれ、人を責む
るは学問となら
ず。

泰和は地名、
楊茂の事、陽明
全奮二十四巻、
外集六雑著に出
づ。



































嗔怪。怒り怪
しむ。

貪図。むさぼ
り、財を獲たし
とたくらむ。









閑是非云々。
聾と唖とのため
に、不必用(閑)
の是非を聞き又
たは言ふことを
省き得。

煩悩。仏語、
煩ひ迷ひ。





許多云々。是
非を聞かず言は
ず、又た煩悩な
く、我が処すべ
き多数(許多)
の事件を活に、
我が良知所信の
下に行ひ去る。

口裏云々。口
に言ひ耳に聴く
は無用、消は俗
語、「用ひ」に当
る。

嘗て云々。こ
の事、年譜に見
ゆ。西湖は浙江
省の杭州に在り、
南屏は山、虎
は寺。

口巴々。口も
ご/\と、(喋)
しやべる。
甚麼。俗語何
(なに)に同じ。
々。目き
よろ/\と見張
る。


鉢。禅僧の鉄
鉢。


大は用に当り
顕に当る、小は
体に当り微に当
る。


独り大云々。
作用発現の上に
於て王子の欠陥
をいふのみなら
ず。

其の小云々。
本体隠微の上に
於て、天下の事
に管到し及ばさ
るを疑ふ。

其の天云々。
伝習録の黄省曾
所録に「良知は
是れ造化の精霊
なり、這の精霊、
天を生じ地を生
じ、鬼を成し帝
を成し云云」と
高尚の説が出て
居る。
は仲
買人、小商人の
意。
利欲障。仏語
に魔障理障など
言へる障にて、
利欲に蔽はれ昏
らまさること。
拈。拈提、拈
出。


属官云々。属
官が事務に忙し
く講学が出来ぬ
といふに対し、
其れが格物の学
なりと喩せり。
父子の訟云々。
父子の訟に対し、
平素大孝の舜は
自ら大不孝と思
ひ、不慈の瞽
は自ら大慈と思
ひ、融和が出来
ぬ意味を話した
れば、父子相抱
き慟哭して去れ
る話、黄省曾所
録に見ゆ。

大小載破云々。
大は載せきらず、
小は破りきらぬ
との義。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その287/その289

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