人 やゝ
四七 或曰く、子動もすれば心太虚に帰するを以て言
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を為す。張子正蒙より来るや否や。曰く、吾が太
虚の説は、良知を致すより来り、而て正蒙より来
のが
らず。然れども正蒙を迯るる能はず。学徒もし吾
が正蒙を迯るる能はずと曰へるを信じ、只だ正蒙
●
を読み太虚の説を知らば、則ち亦た特に其の言語
を解し得たるのみ、而て必ず太虚に帰する能はざ
これ いた
るなり。故に良知を致すは、それ焉に臻るの道か。
或曰、子動以 心帰 乎太虚 為 言、自 張子正蒙
来否、曰、吾太虚之説、自 致 良知 来、而不
自 正蒙 来 矣、然不 能 迯 於正蒙 、学徒如信
吾曰 不 能 迯 於正蒙 、只読 正蒙 知 太虚之説 、
則亦特解 得其言語 而已、而必不 能 帰 乎太虚
也、故致 良知 、其臻 焉之道乎、
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●張子。名は載、
字は子厚、横渠
先生といふ、関
中の人、宋の五
先生の一、正蒙
は其の著、盛に
太虚を説く。
●其の言語云々。
正蒙に「太虚に
して形無きは気
の本体」などと
あり、中斎先生
は其の説の無に
偏するを恐れた
るか。
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