山田準『洗心洞箚記』(本文)56 Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.7.4

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大塩の乱関係史料集目次


『洗心洞箚記』 (本文)

その56

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

            のち 七三 止るを知つて、而て后実に先後する所を知る。  実に先後する所を知るを似て、故に実に修身の本た  るを知るを得。此れ之を知の至りと謂ふなり。知を  致すは其の知を事事物物に致すなり。是の故に止る  を知り、先後を知り、本を知る、此の三知は、大学                  いづく  の訣なり。もし止るを知らずんば、安んぞ先後する  所を知るを得ん。先後する所を知らずんば、安んぞ  本を知るを得ん。本を知らず而て知を致すを謂ふ、      則ち意見の知にして、良知にあらざるなり。   知止、而后実知先後、以実知所先後、故   得実知修身為本、此之謂知之至也、致知、   致其知于事事物物也、是故知止、知先後、   知本、此三知、大学之訣也、如不止、安得   知先後、不先後、安得本、不   知本而謂知、則意見之知、而非良知也、


止。止るを知
るは、至善に止
るを知るなり、
以下大学を参照
せよ。










意見の知。意
念上私見の知。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その55/その57

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