山田準『洗心洞箚記』(本文)69 Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.9.26

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『洗心洞箚記』 (本文)

その69

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

                こ      こと 八九 無声に聴き、無形に視ると。子の親に事ふる、               かく  情を致し心を尽すこと、乃ち此の如きに至らば、則     ちか  ち孝に庶し。臣の君に於ける如き、其の志無声に聴                   べんへいかんねい  き無形に視るに在る者は、多くはこれ便嬖奸侫の小  人にして、而て決して忠臣義士にあらざるなり。親   つか         つか           こゝ  に事ふると君に事ふるとの別、是に於て見るべし。        然り而て子の無声に聴き、無形に視、以て親の志を         すくな  養ふ者、天下に鮮く、而て臣の無声に聴き、無形に          むか            なげ  視て以て君の悪を逢ふる者、天下に多し。これ慨く  べきなり。   聴於無声、視於無形、子之事親、致情尽心、   乃至此、則庶乎孝矣、如臣於君、其志在   聴於無声、視於無形者、多是便嬖奸侫之小人、   而決非忠臣義士也、事親与君之別、於是   焉可見矣、然而子聴於無声、視於無形、以養   親志者、天下鮮、而臣聴於無声、視於無形、   以逢君悪者、天下多矣、此可慨也、



無声云々。親
の意中を注意し
て之を前知する。



便嬖。便利に
御用をきく寵臣。








悪を逢ふ。逢
ふは迎ふの意。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その68/その70

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