山田準『洗心洞箚記』(本文)78 Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.10.5

玄関へ

大塩の乱関係史料集目次


『洗心洞箚記』 (本文)

その78

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

上 巻訳者註

    ちん        れつ かこう 一〇〇 陳子平勉学の詩に、烈女夏侯氏の事を咏じて            じ び  曰く、「刀を引きて耳鼻を断つ、義を見て刀を見ず」  と。義を見て刀を見ずの五字は、男子たる者は、宜  しく常に目之に在るべし。常に目之に在らずして、    ゆう\/きよど               りたい  似て悠悠虚度すれば、則ち忠孝の大変に当り、李泰  はく  ゑん  伯の袁州州学記の責むる所の如く、之に死せんこと                 のこ  甚だ難し。然らば則ち醜名を世に遺して、而て女子         の烈たるに如かざるなり。後世の学者、或は詩酒風       あるひ     いういつ ふけ  流に流れ、或は財貨游佚に耽り、而て義を知らざる  者多し。故に誹議を顧みず、以て同学の人に告ぐ。   陳子平勉学詩、咏烈女夏侯氏之事曰、「引刀断   耳鼻義不刀、」見義不刀之五字、為   男子者、宜常目在之、不常目在之、以悠悠虚   度、則当忠孝之大変、如李泰伯袁州州学記所   責、死之也甚難矣、然則遺醜名於世、而不   女子之為烈也、後世学者、或流于詩酒風流、或   耽于財貨游佚、而不義者多矣、故不誹   議、以告同学之人



陳子平。元の
陳謙、字は子平、
詩文を善くす。

夏侯氏。曹文
叔の妻、小学の
善行篇に見ゆ。

悠々虚度。ぶ
ら\/と月日を
虚しく過す。

李泰伯。宋の
李覯、其の記文、
文章軌範に載る。


『洗心洞箚記』(本文)目次/その77/その79

大塩の乱関係史料集目次

玄関へ