ふん く ●
一〇七 忿と懼とは、庸常免れざる所。而て忿は剛に
れう
属し、懼は弱に属す、皆病なり。病なれば則ち療せ
● しんたく しん
ざるべからざるなり。王震沢先生怒りを治むる箴に
しか ●どうたう い をか せい
曰く、「若く憧 するあり、或は吾が意を干す、盛
きかくえん さか やぶ
気赫炎、火の斯に熾んなる如し。熾んにして物を傷
や あやま
らずば、乃ち先づ自ら燔く、既に事を愆り、亦た身
わざはひ あた なんぢなん
に す。其の怒時に方り、爾盍ぞ自ら思はざる、彼
ぜ なん せ ひ
れそれ是か、我が怒りは奚ぞ為ん。彼れ且つ非か、
●じよ や おのれ
之を恕すれば則ち已む、恕して怒らず、己に留らず。
しくわ そゝ そゝ
譬へば彼の熾火、沃ぐに清泉を以てす、之に沃ぎ之
●も ●けん
に沃げば、火は乃ち然えず。明鏡懸に在り、其の中
●たんじやく うつ ●
湛若、是れを遷らずと謂ふ、顔氏の学なり、」人こ
い ちか く
れを以て怒りを療せば、則ち愈ゆるに庶し。其の懼
しん ●
を治むる箴に曰く、「赫として上に在るあり、或は
かたはら ●くわいらん わ
臨んて旁に在り、中乃ち 乱すれば、沸きて湯の如
● げんぼう
きものあり。沸きて自ら知る莫ければ、倉皇眩 す、
な な お く
心既に定まる靡し、身且つ奚んぞ措かん。其の懼時
なん
に方りて、爾盍ぞ自ら定らざる、吾れに在つては唯
だ理、天に在つては唯だ命。理これ正しければ、守
つて且つ他ある勿れ、命これ定まれり、死すと雖も
●ふつたう てん
而も何ぞ。譬へば彼の寒泉、沸湯に点す、之に点し
● しん
之に点せば、沸乃ち揚らず。刀鋸前に在り、震せず
しよう ●
竦せず、是れを不動と謂ふ、孟軻の勇なり、」と、
い ちか
人これを以て懼を療せば、則ち愈ゆるに庶し。真に
愈ゆれば則ち心虚に帰す。心虚に帰すれば、則ち怒
あた
りと懼と雖も、亦た天理なり。謂ゆる発して節に中
る者なり。これ則ち無かるべからざるなり。
忿与 懼、庸常所 不 免、而忿属 剛、懼属 弱、皆
病也、病也則不 可 不 療也、王震沢先生治 怒箴
曰、「有 若憧 、或干 吾意 、盛気赫炎、如 火
斯熾 、熾不 傷 物、乃先自燔、既愆 於事 、亦
於身 、方 其怒時 、爾盍 自思 、彼其是耶、我怒
奚為、彼且非耶、恕 之則已、恕而不 怒、弗 留
於己 、譬彼熾火、沃以 清泉 、沃 之、沃 之、火
乃不 然、明鏡在 懸、其中湛若、是謂 不 遷、顔
氏之学、」人以 此療 怒、則庶 乎愈 焉、其治 懼
箴曰、「有 赫在 上、或臨在 旁、中乃 乱 、有
沸如 湯、沸莫 自知 、倉皇眩 、心既靡 定、身
且奚措、方 其懼時 、爾盍 自定 、在 吾唯理、在
天唯命、理之正矣、守且勿 他、命之定矣、雖 死
而何、譬彼寒泉、点 於沸湯 、点 之点 之、沸乃
不 揚、刀鋸在 前、不 震不 竦、是謂 不動 、孟
軻乏勇、」人以 此療 懼、則庶 乎癒 焉、真愈則
心帰 乎虚 、雖 心帰 乎虚 、則怒与 懼、亦天理
也矣、所 謂発而中 節者也、此則不 可 無也、
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●庸常。普通の
人。
●王震沢。明の
学者王 字は済
之、弘治中講官
となり、博学文
章に長ず。此の
二箴は、王文恪
集に出づ、毎句
四字の韻文とす。
●憧 。事物が
来つて突きあた
る。「若く」は
意義なし。
●恕。ゆるす。
●然。燃に同じ。
●懸。明鏡が高
くつるされて居
るの意、心に喩
ふ。
●湛若。静かに
澄む。
●顔氏の学。孔
子顔淵を称して
怒を遷さずとい
ふ、論語雍也篇
に見ゆ。
●赫云々、天帝
赫々として我が
上に在り、或は
我が傍に在り。
● 乱。心中暗
く乱れる。
●倉皇云々。う
ろたへ、くらむ。
●沸湯云々。冷
水を沸湯に注ぐ。
●刀鋸。刑罰の
器。
●孟軻の勇。孟
子四十にして心
を動かさゞるこ
と、孟子浩然之
気の章に出づ。
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