Я[大塩の乱 資料館]Я
2008.8.2

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大塩の乱関係論文集目次


「大塩平八郎」

その4

横山健堂(1871−1943)

『人物研究と史論』金港堂書籍 1913より転載


◇禁転載◇

  (三)管理人註

市街戦 大塩の富 豪征伐と 仁風便覧

 大塩の暴動は、実に青天の霹靂、天下の大評判であつた。併しながら、其の評判 の割合には、事実に至つて小さいものである。大塩の徒党といふもの詮じて見れば 幾人も無い。暴動の人数も至つて尠いものであつた。それも概ね烏合の勢であつて、 腹心といふものは誠に少なかつた。  其の大塩の騒動は真に市街戦であつて、敵味方共に十分の働らきをする事は出来 なかつた。其の戦の要点をお話しすると、大塩方は「万民救ひ」の旗を押立てゝ、 先づ富豪の人気の悪るい家々を撰んで大砲を打掛け、町を焼立て、押進んだ。城方 と出遭った時に、双方から鉄砲を打合ふたが、砲煙の為めに真暗になつて東西も分 らない。其の煙の間から透かして見れば、大塩の徒党は一人僵れて、城方の方には 一人も僵れた者は無かつた。大勢一緒に打合ふたといふ訳ではない。方々の小路を 見渡せば、町によつては、敵も味方も一人も見えない場所も有つた。小路々々に散 乱して、鉄砲を打つにも双方互に町家の店へ上つて丸込をしては、小路へ出て、敵 を見掛けて打放す。或は町木戸の戸を楯に取つて、鉄砲の弾を丸め込めては打合ふ といふ有様であつて、はか\゛/しい戦争が無かつた。先づ火勢が最も恐ろしく、 弾丸の交換は、何程の事も無かつた。其の中で功名手柄を為したものは坂本源之助 であつた。大塩の腹心の勇士らしいものが.黒羽二重に紅裏の着物を着て、革の火 事羽織を着け.身の廻り誠に美事な男が有つた。屡々大砲を打つて城方を悩まし、 其の男の姿が陣頭に威風四辺を払ふ勢であつた。其の男が筒台をたてに取つて、顔 を下げて腰が台の上から見える所を、坂本が狙ひすまして打つた所が、一発で僵れ た。此の命中は、両軍の決勝点であつた。此の男の指図した大砲筒台などゝ云へば、 如何にも厳めしく聞くえるけれども、実は木の大筒で、竹の輪を篏めたものであつ た。言はゞ煙火の筒も同様である。此の男が僵れたのは、大塩方の軍気少なからず 挫いて、外のものは蜘蛛の子を散らすが如く散乱した。後に調べると、此の立派な 勇士は、井伊家の浪人梅田源左衛門といふものであつた。暴動の平定後に、幕府か ら井伊家へ掛合つたらば、疾に暇を遣はしたものと答へた。それに依つて井伊家の 浪人と云ひ伝へて居るけれども、其の時に俄に浪人といふことにしたのではあるま いか、どうかといふ噂も伝はつて居つた。先づ右の如き有様で、城方も至つて振は ず、第一の殊勲者坂本源之助は、陣笠を打抜かれた位に奮戦したけれども、他には 此れといふ働きをしたものは無かつた。大塩方にも然るべきものは至つて少なく、 多くは死を避けて、奮闘を為なかつた。中には余り多く打合つて居る中に、退き場 を失ふことを恐れて場を宜い加減に引上げたものが多いらしい。城方は平八郎の槍 と言伝へるのが道に捨てゝ置いたのを拾つて、梅田源左衛門の首を貫いて、賊魁の 首手に入つたと称へて、城代も城に凱陣した。城方より大塩一味に対する追撃とい ふものは全く為さず、至つて緩慢な処置であつたから、大塩方のものは優々閑々と して引上げる事を得て、而して又た思ひ\/に散乱して仕舞つた。前に申した本多 為助の話にも、此の時、速に手を廻して、四方の出口々々を固めて置いたならば、 大塩父子を召捕ることが出来たであらうと云つて居る。如何にもさうであつたかも 知れぬと思はれる。自分は少年の時に、大塩の騒動を睹たといふ老人の話を聞いた ことがある。其の話に大塩方は「万民救ひ」の旗々押立てゝ中々威勢の盛んなもの であつたといふことであつた。  大塩の一味の乱暴をした跡皆尋ねて見ると、同じく富豪の家に大砲を打掛けたに しても其の間に自づから手加減が有つた。予ねて人気の有る、慈善事業に金でも出 すやうな金持には余り悪くはしない。而して救済のことなどに心掛けない富豪に対 しては、態々、倉を開かせて其の中に大砲を打込むといふやうな、故意に乱暴なこ とを仕向けて居る。それで、只邸内に大砲を打掛けたのと、態々倉を開けさせて倉 の中に打込んだのと、二通り有る。此の前天保七八年の饑饉に際して、大阪の商人 から各々金穀を義捐させて、貧民救助に充てたことがある。其の寄附目録を出板し たものに、仁風便覧と云ふ本が有る。事細かに寄附の目録を記してあつて、それで 木板で上等の紙であつて、甚だ美事な本である。其の本に拠つて見ると、富力の割 合に寄附の多少が目立つ人がある。さういふ人達は概ね大塩から土蔵の中に大砲を 打込まれた人々である。














































之助
 

「大塩平八郎」目次/その3/その5

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