序章 --- 補助線は『選択理論』


現代はたいへん科学技術は発達しています。しかし、人類の精神面は昔より多少良くなった程度でしょう。物質的には恵まれていても不幸な人はたくさんいます。

たとえば放送されているテレビドラマを見てみてください。登場人物どうしの会話のやり取りは基本的に程度が悪く、コミュニケーションの「いろはのい」すらわきまえていないのではないか、というシーンが多過ぎると思います。実際の社会生活はもう少しましかもしれませんが、まあ似たようなものでしょう。

著名な『選択理論』ですら、20世紀後半にようやく出現したというのが実情なのです。いきなりで恐縮ですが、さわりだけご紹介します・・・


『選択理論』心理学の大家ウイリアム・グラッサー博士(William Glasser, 1925〜 )によると、

1. ひとが不幸な理由の大半は、満足できる人間関係を持っていないからである。

2. ひとが満足できる人間関係を持っていないのは、どちらかあるいは両方が、関係を改善しようとして、外的コントロール心理学を用いているからである。

3. そのような関係からは苦痛がもたらされるので、どちらかあるいは両方が、相手が用いている外的コントロールから逃れようとしている。

外的コントロール心理学の表れ方は、致命的な7つの習慣となる。

1. 批判する、2.責める、3.文句を言う、4.ガミガミ言う、5.脅す、6.罰する、7.ほうびで釣る。

この習慣が実践されるところでは、基本的欲求が充足されず、問題が発生する。

何ひとつ間違ったことは言ってないですね?

この程度のことは自明であるはずなのですが、どっこいそうはいかず、人類の大半はまだこの考え方 --- 外的コントロールこそ諸悪の根源 --- に目覚めていないのです。

ほとんどの人が批判する、責める、文句を言う、ガミガミ言う、脅す、罰する、ほうびで釣る、といった外的コントロールで相手を変えられる、いや変えなければならない、と信じ込んでいます。その結果、お互い不愉快極まりない思いをして、ストレスを抱え、悲劇を生んでいるのです。

一時的に強制できたとしても、人は外的コントロールでは変えられないというのが真相です。しかし驚くなかれ、この単純な事実がほとんど理解されていないのです。人類は精神的にまだまだ発展途上、というしかありません。

ちなみに外的コントロールの観点から巷間のテレビドラマをじっくり観察してみてください。批判する、責める、文句を言う、ガミガミ言う、脅す、罰する、ほうびで釣る、といった外的コントロールがいかに多く使われているか、唖然とすることでしょう。新聞の社会面の三面記事も同様です。そして悲劇の源泉こそ外的コントロールである、と納得できるはずです。

あなたの職場を観察してみましょう。ストレスを感じる職場は例外なく外的コントロールが横行しているものです。もしあなたの職場がそうであれば、仕事のことを考えるだけで気が重いことでしょう。あなたの家庭はどうですか?外的コントロールが用いられているなら、家庭は円満さに欠け、家族は時として不愉快な思いをしているのではありませんか。

個人的にも外的コントロールの環境下で生活せざるを得なかった一時期があります。全くいい思い出が残っていません。軋轢のあれこれを思い出すだけで憂鬱になります。楽しかったのはもちろん外的コントロールと無縁であった日々です。

夫婦の会話とか子育てといったものも、外的コントロールさえ使わなければ、大きな失敗はないと思っています。あとはきちんと挨拶するとかいった習慣を身につければよいだけですから。ちなみに個人的には外的コントロールゼロが信条です。お陰さまで家庭で軋轢はほとんど経験していません。快適そのものです。


コーチングは質問型コミュニケーション


では、どうすれば外的コントロールを使わなくて済むのでしょうか。一言でいうと質問型のコミュニケーションを使い、相手に取るべき行動を自ら選択してもらえばいいのです。たとえばこんな感じです。

「君はどうしたらいいと思うんや?」
「でも、そうすると ・・・ という問題が出るやろ?それはどうするんや?」
「う〜ん、その考え方は賛成でけへんな。たとえば ・・・ というのはどうや?」
「その通りやな。じゃあ、それはどう解決したらええんかな?」
「いい案やな、それで行こう。いつまでにできそうかな?」
「じゃあ、頼むわ。期待してるで。」   (以上関西風でした!)

外部から強制された行動はハッピーではないですが、自ら選択した行動はハッピーです。同じ行動でもそれに至るプロセスの違いで精神状態や意欲に雲泥の差が出ます。

この「質問型のコミュニケーションを使い、相手に取るべき行動を自ら選択してもらう」という手法がコーチングと呼ばれます。(正確にはコーチング・スキル)

人類が幸福を追求しようとすれば、どうあっても外的コントロールはなくさなければなりません。とりもなおさず、コーチングを普及させ、仕事や家庭生活に幅広く取り入れる必要に迫られているというのは明らかですね。これからはコーチングの時代です。

したがってコーチングは今後以下の分野に分かれ、それぞれが発展していくものと思われます。


1.家庭生活におけるコーチング

2.教育現場のコーチング

3.職場のコーチング

4.自己実現のコーチング

円滑な人間関係

意欲の引き出し

発想の引き出し

コーチングにはそれぞれの段階があります。どれもがすべてコーチングです。下に行くほどコーチングとしてはレベルが上がっていきます。

コーチング入門は自分の一番身近なレベルから入ればよいのです。1〜3までは特に専任のコーチがいなくても、本を読みながら、自分で工夫するだけでも大きな効果が期待できると思います。

1や2は円滑な人間関係や意欲の引き出しのマネジメント手法として、コーチング・スキルを活用したものです。コーチングを普及させて底辺をかさ上げするには、今後この分野がブレークする必要がありそうです。すでにその手の本が売れています。ただ発想を引き出す助言手法としての側面は弱いです。コーチングには違いありませんが、「子育てコーチ」とか「ママコーチ」などと名乗っている方を見聞すると少々気恥ずかしさは感じます。

3はビジネス・コーチングと呼ばれ、昨今は新しいマネジメント手法として注目されています。マネジメント手法ですが、助言手法としての側面も兼ね備えています。

4はパーソナル・コーチングと呼ばれ、自己実現のコーチングです。コーチングの最終形であり、本来の姿です。助言手法としての意味合いが最も強く、専任のコーチについてもらう必要があります。

このページでは助言手法である3と4を扱います。


助言手法としてのコーチング


「コーチングは自発的行動を促すコミュニケーションの技術です」という、そこかしこのサイトに散見されるこの文言、何とかならないのでしょうか。

コーチングという言葉は、ただでさえうざったいのに、この表現は全く度し難い、というのが私の正直な気持ちです。コーチングの説明としてはいかにも雑駁です。これでは単なるマネジメント手法であり、助言手法としての側面が抜け落ちています。

以下助言手法としてのコーチングを私なりに詳述します。

コーチングとは、「対話によるひらめき」を活用して、思い込みを解きほぐしながら相手を支援する手法です。

マンガなどで、ひらめいた時に電球がついた絵が書かれていますね。ひらめくというのは噛み砕いて言うと、自分の潜在意識から答えを取ってくることなのです。場合によっては、気付きや合点と言い換えることもできます。右脳の働きです。



天才や達人であれば、潜在意識と顕在意識の境界はなく、自由に潜在意識から答えを取って来ることができます。ところが一般人はふつう思い込みでこり固まっていて、自分だけでは潜在意識まで到達できず、顕在意識のなかでぐるぐる堂々巡りをしてしまいます。

ところが、話し相手との対話という外的刺激にさらされると、一般人でも思い込みを離れて潜在意識から答えを取ってくることができます。つまり外的刺激によってひらめき、ソリューションが引き出されるわけです。引き出されたソリューションは強制されたソリューションとは全く異なり、本人が積極的に実行します。コーチングがやる気を引き出す、というのはこのことを言っています。

本人はコーチと対話を定期的に繰り返しながら、気付き(つまりやる気)を引き出してもらいつつ進捗管理してもらう、という形で支援を受けます。これがコーチングと呼ばれる手法です。気付きとやる気が表裏一体になっているところがコーチングの特色と言えましょうか・・・

助言手法としてのコーチングの本質が技術やスキルである、とは断じて思いません。口先だけでやってるコーチングはすぐ化けの皮がはがれます。そしてバカらしくなります。コーチ自身が精一杯人生を切り拓いて来て、そのなかで培った洞察力を持っているというのでなければ、他人の支援などできようはずがありません。コーチングは技術ではなく、人間力だと考えています。

その意味でコーチングにはコーチの全人格が反映します。結局コーチの人格だけのコーチングしかできないわけです。これはいくら強調してもし過ぎることはないと思います。


フィードバックが真骨頂


コーチからのアプローチは大雑把に言って下記の4つです。

1.傾聴
まずクライアントの話が出尽くすまで十分に語ってもらいます。傾聴はコーチングの最低限の必須条件です。話が出尽くすまでは相槌だけが望ましく、やむを得ず質問するにしても、ごく短く割り込ませる程度が良いでしょう。

2.質問
コーチ独自の視点を提供します。当事者ではないので、岡目八目で思い込みを離れた客観的な視点・切り口が出せます。うまいコーチほど質問は簡潔・明瞭です。ここではオープン・クエスチョン(YES・NOで答えられない質問)がメインです。

3.要約
傾聴・質問で得られた情報をサマリーするわけですが、これはコーチがクライアントの話を整理するとともに、コーチが正しく理解しているかどうか、確認する機能を持ちます。ここではクローズド・クエスチョン(YES・NOで答えられる質問)がメインとなります。クライアントの話をリフレーズ(言い替え)をしながら、コーチはコーチングの方向(戦略)を決定していきます。

4.フィードバック
コーチが自分の洞察を伝えることです。コーチングの真骨頂はここにあると言って過言ではありません。場合によっては要約がフィードバックと同じ機能を持つこともあります。コーチはクライアントにフィードバックを買ってもらうわけです。フィードバックが的を得ていれば、通常クライアントはポジティブな反応を返してきます。ここからは再び傾聴・質問・要約を織り交ぜながら、次のフィードバックへと進んでいきます。

クライアントはコーチからのフィードバックをもとに自身の考えを再構築します。この時点で新たな気付きが何かしら発生しているわけで、クライアントは通常「すっきりした」とか「はっきりした」という感想を漏らすものです。

クライアントによっては、語る過程で自分で気付き、自分で問題解決をしてしまう人もいます。この場合傾聴と質問だけでコーチングが完了することになります。


「3つの哲学」は誇大広告?


コーチングには「3つの哲学」と呼ばれる原則論があります。これは:

@人は皆、無限の可能性を持っている。
Aその人が必要とする答えは、すべてその人の中にある。
Bその答えを見つけるためにはパートナーが必要である。

というものです。コーチングのクラスで金科玉条として教えられるのですが、ホント?と言いたくなります。意地悪く突っ込めば:

@じゃあ、努力したら誰でもノーベル賞が取れるはずですね?無限なんだから。
Aじゃあ、何の勉強もしなくていいんですね?自分の中にあるんだから。
Bじゃあ、ロビンソン・クルーソーは必要とする答えを見つけられなかったの?

コーチング関係者は上記の問いにどう答えるのでしょうか?個人的にはコーチングの「3つの哲学」は誇大広告だと感じています。正しくは下記のように書き換えるべきでしょう。

@人は皆、無限の可能性を持っている。
→ 驚くべき可能性を持っている。

Aその人が必要とする答えは、すべてその人の中にある。
→ その人が判断できる。ただしその人の中にあるとは限らない。

Bその答えを見つけるためにはパートナーが必要である。
→ パートナーがいた方が早く確実に見つけることができる。

上記のように割り引いたとしても、やはりコーチングという手法は大きな可能性を持っている、と思っています。


コーチングの内容


自己実現やビジネスの領域においてコーチを持つことは、今や特別なことではない時代になってきました。個人がコーチを雇うという動きは1990年代の後半から米国において盛んになりました。コーチングはそれぞれパーソナル・コーチングとビジネス・コーチングに分類されます。

コーチングは自己実現をサポートするパーソナル・コーチングが基本です。ビジネス・コーチングは職場の社員が対象で、会社に所属することを前提に行う、コーチングの限定された一部分です。

経営者相手のコーチングはエグゼクティブ・コーチングと言われ、ビジネス・コーチングに含める向きもあるようですが、実態はパーソナル・コーチングに近いと言えます。経営者は人生すべてをビジネスに投入するからです。コーチングの内容に「仕事」という制限があればビジネス・コーチング、なければパーソナル・コーチングというべきでしょう。

【自己実現のパーソナル・コーチング】
コーチングは本来自己実現のためのものです。自己実現を定義すると、「その人が本来持っている能力や可能性を最大限に発揮すること」になるでしょうか。クライアント(コーチングを受ける人)は、コーチと対話することによって、実現したいゴールを明確にします。そして、行動を継続して起こしていけるよう、コーチに定期的にレビューしてもらいながら、小目標の設定を繰り返します。

パーソナル・コーチングは通常定期的に、電話で行われるのが普通です。クライアントがどこに居ても構わない(たとえ外国でも)とか、時間が節約できるメリットも大きいですが、クライアントの話の内容にコーチが集中できることもその理由とされています。電話での対話はセッションと呼ばれ、行動を起こしたり、考えを熟成させたりする目的で1〜2週間程度の間隔を置きます。

パーソナル・コーチングの例

パーソナル・コーチングとはだいたいカウンセリングとコーチングの折衷型といっていいと思います。通常は、

気持ちの整理(カウンセリング) → 行動の策定(コーチング)

の順で進みます。そして通常は、気持ちの整理(カウンセリング)に大半の時間を使うものです。場合によっては気持ちの整理だけで終わることもあります。しかしこれはやむを得ません。

気持ちの整理(カウンセリング)が十分終わらないで、行動の策定(コーチング)に進むことはほぼ不可能だからです。たとえばクライアントさんが大きな失敗をしたとか、人間関係のいざこざに直面している場合、気持ちの整理(カウンセリング)は避けて通れません。

気持ちの整理(カウンセリング)がとくに必要ないクライアントさんもがいます。こういった人は気持ちの整理が十分できていて、目指す方向がぶれないので行動管理だけでいいわけです。私が経験したのはベテランの営業関係者で、ややマンネリに陥っているというタイプがそうでした。

行動の策定だけのパーソナル・コーチングの特徴は、

・スピーディ
・時間短め
・コーチ側はメモを克明にとる必要がある
・行動を促す質問をガンガンしたほうが喜ばれる


巷間のコーチング講座で教えているようなコーチングがそのまま当てはまるわけです。つまりコーチングらしいコーチングです。ただしこうした人は少数派だと言わざるを得ません。とくに女性でこういうタイプに出会った記憶がまだありません。

これはパーソナル・コーチング特有の現象です。職場の上司と部下のビジネス・コーチングでは通常、気持ちの整理(カウンセリング)が必要ありません。もとからコーチングらしいコーチングであるわけです。ただし、ビジネス・コーチングであっても、部下に大きな失敗や人間関係のいざこざがあって、部下の気持ちの整理が必要な場合もあります。この場合はパーソナル・コーチングに準じます。

【自律型社員を養成するビジネス・コーチング】
これに対し、ビジネス・コーチングは職場のコーチングです。一般的には上司が部下をコーチングすることを言います。ビジネス・コーチングではテーマを仕事に限定します。こちらのほうは方針や目標の設定を会社でやってくれます。

ビジネス・コーチングでは命令したり、『答えを与える』のではなく、相手が自ら『答えを見つけられる』ようにサポートし、相手に問いを投げかけるという、質問型のコミュニケーションによって『自分で考え、自分で動ける』自立・自律型の人材を育てることを目的とします。質問するのはなにも上司が答えがわからないからではないわわけです。 コーチングを用いることによって、職場は活性化すると同時に、構成員全員がストレスなしに気持ちよく働けるようになります。コーチングをバランスよく取り入れることが新時代のマネージメントと言えるでしょう。ビジネス・コーチングはSL理論(Situational Leadership)から理解するのが一番納得できます。よろしければ下記ご覧ください。

コーチングは支援リーダーシップ

いずれにしても、上司が部下に対して、「うまく言いくるめて、思うように動かしてやろう」という、「引っぱる」発想を捨てる必要があります。「引っぱる」リーダーシップを取るかぎり、『自分で考え、自分で動ける』自立・自律型の人材を育てることはできません。

上司と部下は対等なパートナーであり、ともに協力してベストのやり方を探し当て、あとは部下を信頼して任せる、結果報告だけを受ける、というスタイルを取る必要があります。ともに協力してベストのやり方を探し当てる、というのは一種のエキサイティングな創造行為です。この創造のプロセスを経て、始めて部下はやる気を出すのです。

職場でコーチングが根付くためには、「上司風を吹かせる、上司面をする」という上下関係のパラダイムを去ることが不可欠です。上下関係のパラダイムを温存したままコーチングのまねごとをすると、話が説教臭くなるものです。大抵部下に感情的なしこりを残すのみで、状態はまず以前より悪化します。

ビジネス・コーチングの例

ビジネス・コーチングでは、限られた時間内に結果を出さなければなりません。客観的成果がすべて、というのがビジネス・コーチングです。情緒的なものを否定するわけではありませんが、客観的成果で「ここまで来い」とやる文字通りビジネスライクなものとなります。これは仕事だから当然というべきでしょう。

もちろん成果となって現れる前の精神的成長は評価すべきです。しかし、次回からの成果につながるから評価するのであって、精神的成長のみの成果で甘んじることはありません。このあたりはパーソナル・コーチングと明確に異なります。

職場では、状況しだいでは結果を出せない社員は積極的に辞めてもらわなければなりません。職場のビジネス・コーチングは個人に対するコーチングとベクトルが一致することもあれば、しないこともあるわけです。

いや、むしろしないことのほうが多いのかもしれません。不況期にはリストラという言葉が流行りましたが、リストラしているようでは個人と組織とまったくベクトルが正反対と言えます。しかしリストラはやると決めたら、組織のために断行する必要があります。

ビジネス・コーチングで社員の能力を引き出すことは金科玉条であるかのようですが、そんな甘いものでもないのです。ビジネス・コーチングの目的は組織の存続が第一で、個人の幸福は二の次という側面もあるのです。

こう考えていくと、

「ビジネス・コーチングとは組織優先で極めて非情なもの」

という側面もあることを理解する必要はあります。部下の能力を引き出すという理想論だけでは上司は勤まらないということです。


コーチングは新時代のマネジメント


ビジネス・コーチングは心理学的に見れば、画期的な新時代のマネジメントと考えることができます。『選択理論』を使って解説します。


『選択理論』心理学の大家ウイリアム・グラッサー博士(William Glasser, 1925〜 )によると、

1. ひとが不幸な理由の大半は、満足できる人間関係を持っていないからである。

2. ひとが満足できる人間関係を持っていないのは、どちらかあるいは両方が、関係を改善しようとして、外的コントロール心理学を用いているからである。

3. そのような関係からは苦痛がもたらされるので、どちらかあるいは両方が、相手が用いている外的コントロールから逃れようとしている。

外的コントロール心理学の表れ方は、致命的な7つの習慣となる。

1. 批判する、2.責める、3.文句を言う、4.ガミガミ言う、5.脅す、6.罰する、7.ほうびで釣る。

この習慣が実践されるところでは、基本的欲求が充足されず、問題が発生する。

命令と統制の職場環境では社員は、往々にして受け身となり、自分の考えを持つことなく、単に言われたとおりやろうと必死になります。上司の指示が的確であれば、その場では当面うまくいきます。こういった職場では、社員の自発性は期待できないため、通常人間関係も外的コントロールを用いた、ストレスの多い不愉快なものでした。

しかし、現在では経営のパラダイムが“生産指向”から“顧客指向”に転換したことにより、以前の成功体験が通用せず、上司が的確な指示を出せないうえに、部下も自発的に動かず、会社の機能が破綻するケースが出てきています。

つまり命令と統制のマネジメントは社員を不幸にしつつ、機能面も破綻することが多く、完全に時代遅れとなってしまいました。

コーチングは命令したり、『答えを与える』のではなく、相手が自ら『答えを見つけられる』ようにサポートし、相手に問いを投げかけるという、質問型のコミュニケーションによって『自分で考え、自分で動ける』自立・自律型の人材を育てることを目的とします。

命令と統制の対極にある質問型コミュニケーションはエンパワーメントと総称されます。質問するのはなにも上司が答えがわからないからではなく、部下から能力を引き出すためなのです。

質問型コミュニケーションが実践されている職場は通常上記の7つの習慣とは無縁です。外的コントロールを使うと社員から正しい答えを引き出せなくなるからです。かくして、職場は活性化すると同時に、構成員全員がストレスなしに気持ちよく働けるようになります。コーチングをバランスよく取り入れることが新時代のマネジメントと言えるでしょう。


コーチングによる自己実現のスピード・アップの仕組み


・自分でゴールを言葉にし、具体的にして曖昧さをなくす。
 ゴールがわからない時は、とりあえずのゴールを決める。
 自分で設定したゴールはコーチとの約束事にし、有言実行で取り組む。

→迷いなく、そして怠りなく、エネルギーを100パーセント目標に集中できます。
  本当に望むものを手に入れるためには、一心不乱になる必要があります。

・孤独感がない

→人知れず苦闘する(これも悪くはないが)よりはずいぶん気分的にラクです。

この状態で以下のコーチング・サイクルが機能します。

1回目
行動
2回目
行動
3回目
行動
(続く)
問題の確認対話
ゴールの明確化対話
(夢は何?)
振り返り対話
(少しは進んだ)
レベルアップ
振り返り対話
(少しは進んだ)
レベルアップ
・・・
現状分析対話
(何が問題?)
ゴールの確認対話
現状分析対話
(何が問題?)
ゴールの確認対話
現状分析対話
(何が問題?)
・・・

小目標の設定対話
(今できることは何?)
激励(しっかり!)

小目標の設定対話
(今できることは何?)

激励(しっかり!)
小目標の設定対話
(今できることは何?)
激励(しっかり!)
・・・

つまり、小目標の設定→行動→振り返りを週単位で繰り返すわけです。
毎回何がしかのレベルアップが発生するので、ゴールの確認や現状分析をやり直しながら、自発的な小目標を設定します。コーチはクライアントとの対話を通してアイデア・気付きを引き出し、小目標の設定につなげてゆきます。この仕組みで発想・行動とも明確になり、適切な目標設定ができますから、目標達成は確実にスピード・アップする、というわけです。


コーチングとカウンセリング・コンサルティングとの違い


知人のSさんは去年中小企業診断士試験に挑戦して、残念ながら不合格でした。中小企業診断士試験は年1回しかなく、1次・2次とも合格率十数パーセントの難関です。試験勉強には学校に通ったり、各科目の参考書や問題集を買ったりとずいぶんお金がかかります。Sさんは家族の理解も取り付けながら、休日返上で勉強に取り組んできました。その努力が報われなかったSさんの落胆は想像するに余りあります。

おそらく気持ちの整理をつけたり、心の持ち方を変えるのに数日はかかったと思います。そうして気持ちの整理をつけた後に、ようやく再チャレンジの行動を起こせるわけです。具体的には苦手の科目の徹底攻略、ということになるわけです。

つまり、何か問題がある場合、

@気持ちの整理をつける(内的適応)
A問題を解消すべく行動を起こす(外的行動)

この2つのステップで問題を乗り越えていくのです。これは自問自答の自力で解決するにせよ、人に助言を求めるにせよ、

@内的適応 → A外的行動

の順序となります。内的適応が外的行動に先行するのです。

カウンセリングとコーチングの定義は諸説がありますが、結局、カウンセリングは内的適応を支援するもので、コーチングは外的行動を支援するもの、と言って大筋間違いありません。

助言行為: カウンセリング(内的適応) → コーチング(外的行動)

と言っていいと思います。基本的に、助言行為は内的適応の支援と外的行動の支援が両方必要なのです。

しかし、内的適応もしくは外的行動を助言する相手が自力で処理できる場合、それぞれを支援する必要がなくなります。その結果、助言行為が内的適応の支援のみ、または外的行動の支援のみの場合も数多くあります。

一般論で言うと、

・内的適応を支援し、外的行動は本人に委ねるのがカウンセラー
・外的行動を支援し、内的適応は本人に委ねるのがコーチ

ということになります。しかし、これは例外もあってカウンセラーでありながら外的行動を支援したり、コーチでありながら内的適応を支援したりする「越境」は当然ありえます。この越境の度合いでカウンセリングやコーチングの「流派」が存在するわけです。

傾聴だけのカウンセリングはカウンセリングの主流のようですが、個人的にはあまり高く評価するものではありません。やっぱりもっと能動的に両方をワンストップでこなせるべきだと思うし、私自身もこれを目標にしています。

大雑把にまとめると:

上流 下流
助言手法 カウンセリング コーチング コンサルティング
目的 気持ちの整理 行動の策定 計画原案の立案
答えの所在 カウンセラーの助言 クライアントの気付き コンサルタントの提案


コーチングの現場にいる立場から言わせてもらえば、カウンセリング、コンサルティング、コーチングは単独では大して役に立たず、組み合わせないとダメです。その意味ではいずれも「助言」の構成要素という感じです。

そのなかで、カウンセリングは気持ちや考え方を整理するものですから、必ず他の2つに先行するものです。これに対しコーチング・コンサルティングは、行動を策定するものですから、カウンセリングの後に来る必要があります。

たとえば、試験に不合格だった、上司から激しく叱責された、失恋した、という強力なショックを受けた場合、

「じゃ、あなたは今何をしたらいいのですか」

という行動を促す問いをしばらくは受け付けません。十分気持ちや考え方を整理した上で、はじめてアクションが起こせるわけです。

コンサルティングはコーチングの段階で行なう、計画原案の提示といった位置づけになります。コンサルティングの内容はそれを実行する側が取捨選択しなければ意味がありません。

つまり助言の上流はカウンセリングで、下流がコーチング・コンサルティングとなります。クライアントが今どの位置にいるか、見極めたうえで適切な手法を使うわけです。また、ケース・バイ・ケースで縦横に組み合わせる必要もあります。

たとえば、

・軽度の心理的不全感を抱えているため、コーチングがすぐに機能しにくい場合、カウンセリングによってマイナスからゼロのレベルまで回復させ、その後コーチングによってプラスの方向に伸ばす。

・コンサルティングによって得られた答えを、コーチングによってスムーズに自発的行動に移す。

・コーチングによって引き出された答えとコンサルティングの提案を比較しながらいいとこ取りする。

要はクライアントが問題解決(ソリューション)にたどり着けばよいのです。コーチングであってもコンサルティング・カウンセリングが補完要素としてぜひとも必要です。補完要素も縦横に駆使しながら、テンポよく話を進めて行くのが「できる」コーチです。

コーチングしかできないコーチは、はっきり言ってあまり役に立たないと感じています。コーチングに戦略が感じられないコーチも同様です。コーチに人間力があって、クライアントが一目置くところがないと、包み隠さず話すのが馬鹿らしくなり、コーチングは機能しません。


私の所感


先日体験コーチングで相手をした人がこう言うのです:

「コーチングでは提案したらダメなんでしょう?」

この人はコーチングの講座を受講したことがあって、講師がそう言ってたのだそうです。単にこの人がそのように誤解しただけかもしれませんが、ホントに講師がそう言った公算は高いです。巷間の解説なんか見ても、

「コーチはコンサルタントのようにアドバイスをしたり、カウンセラーのように心の癒しをするわけではありません。相手の中に答えがある、相手には無限の可能性がある、というのがコーチングの考え方です。よく聴き、問いかけをして、相手の答えや可能性を引き出して、行動をうながす、というのがコーチングです。」

などと書かれているからです。はっきり言ってこの考え方は個人的に全く賛成できかねます。

私個人はコンサルティングもカウンセリングもやります。実際にアドバイスできるのならやったらいいのだし、カウンセリングと言っても単にクライアントの気持ちの整理に付き合うだけのことです。コンサルティングであれ、カウンセリングであれ、コーチングの一部と理解するのが正しいのです。決してコーチングと対立する概念ではありません。

百歩譲ってコーチングにはいろいろなスタイルがありうる、としても提案したらいかん、などというのはどう考えてもおかしい。コーチの能力が低いから提案できないだけです。

だいたい、そんな能力の低い相手に「なぞなぞ」みたいなコーチングをやってもらって、何がありがたいのだ、と私は思うのですが、おかしいでしょうか。

提案は出し惜しみせずにやって、クライアントと一緒にアイデアを創り上げるのが正しいコーチングです。私はコーチングが専門だから、コンサルティング・カウンセリングはやりません、はどう考えても未熟すぎるもの言いです。助言者はワンストップですべてをまかなえるのが正しい、と私は信じています。

コーチングでいう狭義の引き出しは、もちろんコーチ側が質問することによって、相手に自力で考えさせることです。では広義の引き出しとは?これはコーチ側が答えの一部または全部を相手に渡したうえで、相手に考えてもらうことだと思います。

発明はオリジナルなものを言います。では改善は発明ではないのでしょうか。いや改善も立派な発明です。オリジナルな発明は狭義の発明ですが、改善は広義の発明といっていいのではありませんか。同じ理屈で、ベースとなる答を渡すのも広義の引き出しだと思います。

セッション中、クライアントが純粋に自力で考えるということにこだわるのがそんなに意義のあることなのか、というのが私の想いです。それよりも答えの一部または全部を渡したうえで、それをもとに考えたほうが効率的です。

「下手な考え休むに似たり」です。下手な判断をしないために、だれでも文献を調べたり、ネットで検索したりします。そういう行為は肯定するのに、セッションでコーチが答えの一部または全部を渡すことが、悪だとは到底思えないのです。クライアントが歓迎するなら、何でもありが正解なのです。そうした自在性こそがコーチングという助言行為の価値であると信じるものです。


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