Я[大塩の乱 資料館]Я
2010.4.5

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「丁 酉 日 録 (抄)」 その17

藤田東湖

『東湖全集』博文館 1909 より


◇禁転載◇

九日 陰 冷気 昼晴管理人註

昨日、牛門の家宰岡本戸太夫等三人来り、家中飢渇の事嘆訴す、 ○今朝郷書数通を裁す、 ○登殿、無事被為召、御前へ罷出たるに、韮山へ書を遣し、大塩の 密書を手に入候やう御意、此事は、去月十四日に、韮山御代官江川 太郎左衛門より我へ一書を贈り、東海道にて大塩平八郎より閣老並 林大学頭へ与るの書手に入たる中に、 水戸公へ奸賊より呈するの 書一通あり、何れも容易ならざる事ゆゑ、取計方官府へ訴たり、扨 此密書ども、内々写取り、公へ呈し度思へ共、如何の程合なるべき との書なり、江川、実に我が公の御為を存し候ならば、直にその密 書どもを写し取、我へ遣し、一覧の上、公へ呈覧するとも、又は返 すとも、せよと申遣すべき筈なるに、先づ我へ聞たる上に而、密書 を写し出すべしとは心得がたきなれば、我は取敢ず、奸賊の書、内々 に而水戸殿一覧いたし候筈無之由を答へたり、其由は委細に執政清 虚子へ談じたる上にて取計ひ、明十五日、 公へも言上せり、然る に奸賊戮につきたる事、 公にも被聞召、今は嫌疑もあるまじきと との思召也、叉手斎藤弥九郎、去月中より江川の頼にて浪華へ赴き、 近々帰着すべし、弥九郎に逢たらば、江川の心中も明白に分候半と 存るゆゑ、一と先づ斎藤弥九郎へ対面の上、江川へは一書を贈るべ きよし、言上せり、 ○七ツ時過、舎に帰れば、家人曰く、過刻斎藤弥九郎来りたり、さ らば、斎藤に逢はんと直に飯田町へゆきたるに、斎藤、一昨日帰り たるよしに而、数刻対話、大に浪華の情実を得たり、事は浪華騒擾 記事にしるせり、

 

大塩平八郎の乱に大阪に赴く」大坪武門
浪華騒擾記事


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