登殿、めされて御前へ出ければ、これ見よと仰られし、一通の書を
授け玉ふにぞ、ひらき見るに、立原甚太郎氏の上書にて、其中に又
*
一通の書あり、これは、麾下の士佐々木三蔵といへる人 大納言様
御目付 の公へ奉れる書なりける、其大意は国家の事、御直に申上
*
度事候間、御間暇の折めさせられたきとの事にて、立原の書は三蔵
の書を呈するよしの文也、彪が見おはるおり、 公の仰に、我等こ
の三蔵とやらんに逢て話をも聞まほしくは思へ共、嫌疑多き世の中
なれば、なまじゐのことにて、この三蔵が身の為あしき様成行ては
あはれむべし、されば対面のことは、まづたやすからぬよしをいひ
存る旨つはらに書て、窃かに我等におこせよと三蔵へ一書を贈らん
とおもふは如何とあるにぞ、彪申上げるは、 公の仰、いかにも理
に当りたる御事に存じ奉るなり、さて三蔵もかく申上候程の人なれ
ば、大方は志ある人物とおぼえ候得共、よく其人物聞し召たる上に
て、御書を玉はり候て、しかるべく奉存候と申もはてず、 公の玉
ふは、しからず、汝、速に甚太郎に承り、三蔵の人物、委細に申聞
よとありければ、御前を退き、御用部屋にゆき、立原氏を呼出し、
かく/\仰ありけると語りしに、立原子曰、我も三蔵には此度はじ
めて逢たり、三蔵、御広間へまゐりて、御近習の頭に逢度といひし
よしに而、我につげけるにぞ、対面しぬるに、三蔵いへらく、某御
屋方へ年来出入致しけるが、今度大阪騒動の事、また御老中欠席の
事、其外 宰相の君御心得に言上致し度事あり、しかし新役の事と
て、同役へ熟議せし事にもあらず、全く一己の存意のよし申のべ、
一通をさし出したるにぞ、そのまゝ上達せり、年のころ五十過ぎ、
いと律儀に見ゆる人物也と語りける、局に入、立原子のいへるまゝ
を書て言上しぬ、
○書記仰付られべき人に乏しければ、有賀某 書記也 を転役せしむ
るの議はやみぬるよし、十六日、水戸同僚より申来たれ共、有賀は
絶て用にたえぬ人なるを、そのまゝおきて、外に人なしといへるは、
やすからぬ事におもひ、多田原田二子へもはかりて、けふ同僚へ一
書を贈り、有賀を転じ、深沢甚五兵衛を書記局に再勤なさしめ度よ
しを申やりぬ、
○又めされて 御前へ出ければ、戸田氏、既に御前にあり、かれこ
れと 御議論被為在、さて三蔵へかく書を贈らんと思ふよし、仰あ
りて草稿を示し玉ふにぞ、よろしからざる御文義、かれこれと申上
げるに、さらば汝草せよとて紙筆をさづけ玉ふにぞ、かしこくも御
前にて草して、御覧にそなへける、夜跡部を訪ふ、
|