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ひ と
喜『コレおきぬ、他人が買つてやると云つたからつて、此節のやうに米
高の時には、世間へ少しは遠慮と云ふ事をせにやアならない、小間物屋も
くつ
小間物屋だ、此村なんぞは米の飯を喰てる家と云つちやア一軒だつて有り
わし うち
やアしないよ、私の家なんざア三度が三度ながら麦飯の粥を食て、命を繋
いで居る位だ……留公も新八も作十も、俺の処で銭を使はせては、お前達
の親達に済まねへから、決して娘に何にも買つて遣つて呉れるなよ』
い
作『マア親爺さん、宜いからお前、そんな事を云はないで黙つてお在で』
おとつ あ
絹『阿父さんはいつも彼んな事ばかり云つて居る』
喜兵衛はブツ/\と呟きながら、裏口の方へ往つて了ひました、其後姿
を眺めてお絹は。
こと
絹『皆な阿父さんの云ふ事を気にしてお呉れでないよ、二言目には時節
ど う みつともないこと なん
が如何だの、三度麦飯のお粥を食べるなどゝ、不外聞事を云ふのだよ、何
ぼ あた
程米高でも大阪辺りではそんな事はないよ、私などは大阪で沢山なお米の
取なやみをして居たから』
留『ウム然うだ、お絹さんは大阪の靭の方へ奉公に往つて居たが、一体
其家は何人家内だつたへ』
か
絹『御家内は十人余りで、お米は、八升位づゝ炊して居ました』
小間物屋は是れを聞いて。
△『ヘエー、仮に十人の御家内として、八升のお米だと云ふと、一人前
たべ
に八合の割ですが、此米高に一人で八合づゝも食られては、親方も堪りま
せんねエ』
絹『職人衆が居ますから、お米が高いと気にひがみが付て、別に人数が
殖えた訳でもないのに、二月の末から一升づゝ余計に炊すやうになりまし
た』
の
小間物屋はお絹の話しを聞きながら、煙草を喫んで居りましたが。
△『夏だとそんなに喰べられるものではありませんが、春の乾きと云つ
そ
て、食事が進むのかも知れませんな、而して何でございますか、職人衆
いで
を使つてお在になるとは、何の御商売をなすつてお在でになるのですへ』
傍から作十が差出まして。
作『小間物屋さん、お前知らないか、此娘の奉公をして居たのは、大阪
の靭の油掛町で、美吉屋五郎兵衛さんと云ふ、更紗染屋だ』
なか/\
△『アゝ左様でございますか、靭と申しましても却々広うございますか
ら、美吉屋と云ふお家があるか、其辺は一向に存じません』
ど うち
絹『小間物屋さんは、大阪の何の辺だへ、お前さんの家は』
あ
△『ヘイ……彼の何でございます、島の内の方で……トキニお若い衆さ
ん、此お方に何か買つて上げて下さいまし』
びん どつち
作『ウムさうだ、白粉にしやうか、鬢附にしやうか、何方でも宜い方を
あ
買つて進げやう』
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幸田成友
『大塩平八郎』
その160
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
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