Я[大塩の乱 資料館]Я
2007.1.29

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大 塩 平 八 郎 』 その160

幸田成友著(1873〜1954)

東亜堂書房 1910

◇禁転載◇


 第三章 乱魁
  八 末路 (12)
 改 訂 版


露顕











内山彦次郎

美吉屋の下女は平野郷の者で、三月の出代時に暇を貰つて故郷へ 帰つたが、何かの伝手に、旧主人の家では家内人数の割合に飯米 が多く要る、毎日神前へ備へるといつて、老人夫婦―五郎兵衛は 六十弐歳つねは五十歳―が持つて行かれる御飯は、お下りが一粒 もない、妙な家もあるものだと話した之は史談会速記録に依る、 前掲五郎兵衛夫婦の申口とは若干の相違があり、平野郷は城代土 井大炊頭の領分で、陣屋もあり、七名家といつて土着の豪族七名 が其郷を支配する、其七名家の中の末吉平左衛門と中瀬九郎兵衛 とが、此話を聞いて陣屋へ訴へ出たので、陣屋に詰めてゐる土井                           タチイリ 家の家来から取り敢ず此段を大炊頭へ申入れ、大炊頭より立入与 力内山彦次郎へ沙汰があつた、立入とは東西両町奉行組の与力中 より選ばれ、兼々城代の許へ出入し、用向があれば之を承る者を いふ、美吉屋夫婦は大塩父子に縁故ある者として、町奉行所より 町預わ命じてある位故、多分同人方に大塩父子を匿つて居るので あらうと、彦次郎ハ密に五郎兵衛を呼出して糺問を加へ、愈々相 違ないことを確めた。

 美吉屋の下女は平野郷の者で、三月の出代時に暇を貰つて故郷 へ帰つたが、何かの伝手に、旧主人の家では家内人数の割合に飯 米が多く要る。毎日神前へ備へるといつて、老人夫婦――五郎兵 衛は六十弐歳つねは五十歳――が持つて行かれる御飯は、お下り が一粒もない、妙な家もあるものだと話した以上は史談会速記録 による、前掲五郎兵衛夫婦の申口とは若干の相違がある平野郷は 城代土井大炊頭の領分で、陣屋があり、七名家といつて土着の豪 族七名が全郷を支配する。その七名家の中の末吉平左衛門と中瀬 九郎兵衛とが右の話を聞いて陣屋へ訴え出たので、陣屋に詰めて いる土井家の家来から取り敢へず大炊頭へ上申し、大炊頭から タチイリ 立入与力内山彦次郎へ沙汰があつた。立入とは東西両町奉行組の 与力中より選ばれ、城代の許へ出入し、用向があれば之を承はる 者をいふ。彦次郎は美吉屋夫婦が大塩に縁故ある者として、町預 りになつて居る位故、多分同人方に大塩父子を匿つて居るのだら うと考へ、密に五郎兵衛を呼出して厳しく糺問を加へ、愈々それ に相違ないことを確めた。


「大塩平八郎」目次4/ その159/その161

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