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留吉は目を円くして。
あ
留『オイ作十、俺が何か絹ちやんの、好きな品を買つて進げやうと思つ
じやま
てるのに、お前は妨害をするのか』
を か
作『留公、怪可しな事を云ふな、お前が買つて進げやうと思ふのなら、
お ● ● ● ● ● ●
己れに遠慮をしないで、何故最初ツから買はないのだ、ドしみたれめ』
ぬか
留『ナニしみたれだ、此ン畜生、何を吐しやアがる』
と留吉と作十は、掴み合を初めた、傍から新八が二人を止めて。
て あ
新『コレお前達は何だつて、そんな手暴らな事をするんだ、オイ小間物
屋さん、今日は斯う云ふ始末だから、荷物を早く片附けて帰つてお呉れ』
△『ヘイ/\、私の商ひの事で、斯んな事になつちやア済みません』
と云ひながら、小間物屋は、慌てゝ荷箱を積重ね、風呂敷に包んで、真
中の処を真田紐で締め、挨拶もそこ/\、背負つて出て行きました、お絹
は若い衆の争ひで、買つて貰はうと思つて居た品も買つて貰へず、肝腎の
商人は帰つて了つたので、腹を立てゝ奥の間へ入つて了つた、斯うなると
三人の若い衆も手持不沙汰で。
てめへ
作『ソレ見ろ、汝が余計な事を云ふもんだから、お絹ちやんが腹を立てゝ
あつち
往方へ往つて了つた』
留『何云やアがるんだい、汝が生意気に、一人好い男がらうとしやアが
ぬか
るから、斯んな事になつたんだ、まだそんな事を吐しやアがるか、是でも
食ひやアがれ』
さゞえ
と作十は栄螺のやうな握り挙を振上げて、留吉の頭をポカリと殴つた。
うぬ
留『汝殴りやアがつたナ』
こぶし
と同じく挙を固めて、ポカリと殴り返す。
新『マア待ちな』
と云つて仲裁に這入つた、新八の頭を間違へてポカリ。
こいつ
新『此奴、何で己を殴りやアがる』
いど
と三人が台所でドタリパタリと挑み合つて居る物音を聞いて、主人の喜
兵衛、何事が起つたのかと来て見ると、三人の争ひ。
ひ と
喜『コレ、お前達は他人の家へ来て、喧嘩しちやア可けない、コレ危な
い、マア静かに……』
あるき
と云つてる処へ、村の歩夫で、五助と云ふ男が表から這入つて来て。
五『喜兵衛さん、今日は』
喜『オゝ五助どん、また何かお布令かへ』
こちら
五『イエ当家のお絹さんに、唯今直ぐにお庄屋さんの処まで、お出で下
さるやうに』
喜兵衛は驚いた、何の為めに庄屋から、娘を呼びに来たのか解りません
から。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その160
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
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