Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.26

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その109

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十二席 (4)

管理人註
   

 『コラ、コラ、其親爺に用は無いから、家へ帰らせるが宜い』                    『喜兵衛、其方は此処に居ちやア可けないから、立て/\』  『ヘイ……』  と云ひながら不思議さうに、卯吉の顔を見て立去りました、伝左衛門は 椽端へ膝を進め。  『コリヤ、其方は何と申すか』  『ヘイ、きぬと申します』  『其方、先刻此処に居る手先の卯吉が、小間物屋と相成つて、其方の 家に参りし時、大阪表にて、下女奉公を致して居つた時の事を話したさう ぢやが、今一応と詳しく話して聞かせよ』  お絹は買物の事で叱られるかと思ふと、然うではない、大阪に奉公中の 事を話せと云はれましたので、却つて安心を致しました。                                 どう  『私が奉公をして居た間の事なら、何事に寄らず申し上げますが、何 卒此縄をお解きなすつて下さいまし』  『縄は直ぐに解いて遣はすが、尋ぬる事は速かに申さんければ相成ら ぬぞ』  『ヘイ、申し上げます』                     をつ  『大阪は何処の何と云ふ家に奉公をして居たか』  『靭の油掛町で、美吉屋五郎兵衛さんと云ふ、更紗染屋に居りまして ございます』  『其美吉屋の家内は都合幾人であつたか』  『旦那さんとお家さんと……』  『名は何と云ふのか』  『旦那さんが五郎兵衛で、お家さんがおつねと申しました』     と し  『年齢は何歳位ぢや』  『旦那さんはモウ六十余りで、お家さんは五十位でございました』     ほか  『其他の者は』                               いと  『ヘイ、今年廿四になつてゞございました、おかつさんと云ふ嬢さん         や つ と、旦那の孫で八歳になる、おかくさんと云ふのがございました、其他は 皆奉公人で、次兵衛どんに伊助どん、佐兵衛どん、忠兵衛どん、夫れから            かみ 丁稚の寅どんと私で、お上ともで都合十人の御家内でございます』                      『其十人家内で、毎日飯米を八升づゝ焚いて居つたと云ふが、左様か』         『イエ、炊しますお米は八升でも、夫れを皆焚くのではございません、             せんまい 其中から一升足らずは、お洗米のまゝ旦那様が、神様へお供へなさるので ございます』  『一升も供へた米は下げてから如何するのぢや』                        さが  『サア夫れが不思議なので、いつも其お洗米が下つた事がございませ   あん ん、余まり不思議に思ひまして、いつやら旦那さんに尋ねましたら、鼠が 毎日食つて了ふのぢやと仰しやいました』                  いよ/\  是れを聞いて、伴伝左衛門は扨こそ 愈 怪しいと思ひながら。  『夫れはお前が最初奉公に往つた時から其通りてあつたのか』  『イゝエ、夫れは二月の末から、然ういふ事になりました』  『夫れに相違は無いか』  『決して嘘偽りは申しませぬ』  『別に客が来たやうな事はなかつたか、如何ぢや』  と尋ねられました。


幸田成友
『大塩平八郎』
その160 

中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3 
 


『大塩平八郎』目次/その108/その110

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