Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.28

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その111

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十三席 (2)

管理人註
   

            さま        ねどころ  処が五郎兵衛、フト目を覚して便所へ行き、再び寝所へ這入らうとする   かど              なんどき と、門の戸を叩く者がある、ハテモウ何時であらうか、今頃に誰が来たの かと思ひながら、店の庭の処へ往つて見ると。  『モシ/\、お前さん処の軒下に、捨子がしてあります』  『モシ美吉屋さん、捨子がしてあります』  と二人の男の声と共に、オギヤア/\と赤児の泣声がする。  『何だへ、私の家へ捨児をした奴がある……そいつは大変だ、オイコ レ伊助、佐兵衛、一寸起きて呉れ、捨児をした奴があるさうだ』                なか/\        おもて  と呼び起しても若い者だから、却々起きやアしない、戸外では頻りに赤 児の泣く声がする。  『オイ/\早く起きないか、モウ夜明けだ』  すると戸の外では大きな声をして。          あん       このこ  『美吉屋さん、余まり泣くから、此児は私が兎も角も、乳のある処へ    いつ 連れて往て遣るから……、オゝ泣くな/\、今お乳を飲まして遣る、ホラ 好い子だ泣くな/\』              ど こ  と云ひながら、泣く児を何方へか連れて往つた様子、間もなく信濃町の 会所から小使が遣つて参りまして、美吉屋の戸をトン/\/\。  使『美吉屋さん、信濃町の会所から参りました、捨子の事で一寸旦那に、 会所までお出で下さいまし』  五郎兵衛は是れを聞きまして。           すぐ  『ハイ御苦労、今直に行きます……夫れ見ろ、如何したつて掛り合ひ になるんだ、何だつて夜明け時分に、捨子なんぞをしやアがるんだ』            うがひ  つか  と呟きながら、手早に嗽水を遣つて。                              『オイ、モウ夜が明けるが、私が往つた跡は、能く気を注けなさい』  と夫れとはなしに女房のおつねに注意をして、五郎兵衛は入口の戸を開 けて表へ出て見ると、会所から来た使の者の外に、二三人も手先らしい男 が居ますから、胸にギツクリ、もしやと思ひましたが、併しモウ逃げる訳 にもなりません、そこで心配をしながら信濃町の会所へ参りました、美吉 屋の表へ捨子があるやうにして見せたのは、是れは全く手先の長吉が、五 郎兵衛を釣出す為めの策略で、長吉は何処かで赤児を一寸借りて来て、美 吉屋の軒下へ連れ行き、態と其子を泣せたのだ、実際赤児が泣いたのだか                      づか ら、五郎兵衛だつてまさか斯う云ふ策略とは心注ない……唯今の刑事巡査       いろ/\ でも、職務上種々の苦心を致しますが、昔でも矢張り同じ事で、捨子の真 似までもせんければなりません。


幸田成友
『大塩平八郎』
その160 
その193

中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3 


『大塩平八郎』目次/その110/その112

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