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いづ
扨五郎兵衛は如何も様子が変だと思つたが、何れ一度は調べられると云
かね
ふ事は、予てよりの覚悟でございますから、信濃町の会所へ往つて見ると、
西組の与力内山彦次郎をはじめ、同心でございまして、関弥次右衛門、河
合善八郎が居並んで居ります、下座の処には油掛町の年寄、白子屋与一郎、
五人組の大島屋太兵衛などが控へて居りますので、扨こそと思ひました、
然れども、五郎兵衛も斯うなつては、さして驚きも致しません、彦次郎は
わざ
態と言葉やさしく。
彦『五郎兵衛、其方は何歳ぢや』
五『六十二歳でございます』
彦『其方は去二月十九日、大阪市中を騒がし乱暴を働いた大塩平八郎と、
まじわり
如何なる縁故に依つて親しき交際を致すのか』
五『左様でございます、私の家内つねと申します者と、大塩平八郎様の
せう けうだい
妾でございました、おゆうどのとは義理の姉妹でございまして、夫れ等の
続き合ひから、お心安くして居りましてございます』
たび と
彦『左様か、然らば何ぢやナ、平八郎の此度の企ては、疾くより存じて
居つたであらうな』
五『イエ左様な事は一向存じません、私も彼の騒動が起りましたので、
始めて驚きましたやうな事で……』
彦『騒動の起るまでは、何事も知らずに居つたと申すのか』
五『左様でございます』
みぎり
彦『コリヤ五郎兵衛、平八郎乱暴の砌、押立たる旗は、其方の家に於て
染めたと云ふ事は、生捕し者の白状に依つて明白であるぞ、是れでも騒動
の起るまで、知らずに居たと申すか』
五『成程其旗の類は、私方にて染めましてございます、なれども何にお
あつら
用ひになると云ふ事は少しも存じません、お誂へになりまする時には、唯
そ ち
或る所から斯ういふものを頼まれたが、幸ひ五郎兵衛、其方の家は染物
屋だから、仕事を為せて遣ると仰しやいましたので、私方では何にお使ひ
なさるのか、左様な事は存じませず、御注文の通り染上げてお渡し申した
のでございます』
と此辺答は、最初旗を染める時から、万一の時には斯う云はうと思つて
居りましたから、少しも言葉に淀みなく申し述べました、彦次郎も腹の中
こやつなか/\ すは こわもて
で、此奴却々胆力の据つた男だと思ひましたので、今度は少し強面になつ
て。
かくま
彦『五郎兵衛、其方の家に平八郎親子の者を、いつ頃から隠匿つて居る
のか、真直ぐに白状しろ』
五『エツ』
彦『平八郎や格之助を、いつから隠匿つて居るのぢや』
五『是れはまた迷惑千万、私の方に左様な事は』
だ め
彦『五郎兵衛、隠したつて無益だぞ』
五『何と仰しやいましても、左様な事はございません』
彦『強情にも知らぬと申すか……ソレ、五郎兵衛に縄を打てツ』
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幸田成友
『大塩平八郎』
その160
その193
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
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