|
バラ/\と手先が立寄つて、五郎兵衛に縄を掛けました。
きよげつ
彦『五郎兵衛、去月の末、風雨の烈しき夜、平八郎親子の者が其方の家
へ参つたであ
らう、其翌朝、其方は、二足の濡草鞋を取棄たであらうがな』
五『左様な事は決してございません』
彦『其方の家は何人の家内ぢや、人数を申して見い』
五『ヘイ、私共夫婦と、娘と孫、其他に下男が五人と、下女が一人、都
合十人家内でございいます』
た
彦『唯今申した一人の下女と云ふのは、飯焚きか何ぢや』
五『御意にございます、飯を焚かせて居りました者で……』
ど う
彦『其者は今居るか、如何ぢや』
五『ヘイ……』
ひま
彦『此程暇を出したのであらう』
うち いろ/\
五郎兵衛は腹の中で、種々の事を聞くとは思ふたが、其おきぬの口から
づ
足が附いたと云ふ事は少しも心注きませんから。
ひま
五『三月は出代り月でございますから、暇を出しましてございます』
彦『其者の名は、きぬと申したか、如何ぢや』
五『ヘイ、仰せの通り、きぬと申しました』
彦『コリヤ五郎兵衛、其きぬが口から、其方は、二月の末より、平八郎
かくま
親子の者を、隠匿つて居るとの事を白状に及んだぞ』
五『エツ……』
五郎兵衛はモウ是れは駄目だと思つたが、隠匿つて居るとも云はれませ
んから、暫らく返答に躊躇して居ると、年寄役の白子屋与一郎が。
与『五郎兵衛どの、御役人様の方ではモウちやんと、お手が届いてある
ごうぜう
事を、お前が幾ら強情張つて居ても駄目だよ、私もお前が、あんな人を隠
匿つて居やうなどゝは夢にも知らずに居たのだが、モウ斯うなつたら真つ
直ぐに、云つて了つた方がお前の身の為め、白状をせずに居れば、いづれ
あひだ
拷問の責苦は免れないから、痛いめしてから白状をするよりか、今の間に
有体に云つた方が宜しからう』
傍から五人組の一人、大島屋太兵衛もとも/゛\に。
太『五郎兵衛さん、了簡違ひをしちやア可けないよ』
と云はれて見ると、モウ隠して居る事は出来ません、そこで五郎兵衛も
決心をして頭を下げ。
五『恐れ入りましてございます』
たて
彦『然らば当夜の事から詳しく申し立るが宜い』
五『モウ斯うなりました上は、少しも包み隠しは致しませぬ……エー二
月廿四日の夜の事でございます』
|
幸田成友
『大塩平八郎』
その160
その193
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
|