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彦『ウム、廿四日の夜は大雨風であつた』
ほか
五『いつもの通り、私は奥の間に、また家内は次の間に、その他の者は
二階に、唯今仰しやいました下女は台所で寝て居りました、処がアノ雨風、
てう
私は夫れが気になつて眠られません、恰ど初夜過ぎでございました、表の
しづか ばな
戸を徐に叩くやうに思はれますので、下女を呼び起しましたが、寝入端で
どなた
目を覚しませず、私は庭に下りて、何誰ぢやと尋ねました処が、備前島町
つかひ
の河内屋八五郎の処から来た使ぢやと申しますので、其八五郎とは平生懇
かんぬき はづ
意の間ネでございますから、オゝ然うかと閂を外して、入口を開けました
ぼ ん
処が、菅笠を着て、鼠色の木綿合羽に脇差をさした、僧侶さんのやうな二
じん ば
人の人が、草鞋穿きでズツと這入り、早く跡を閉めよと申しますので、私
びつく
は泥棒かと思つて吃驚りして居る間に、草鞋を脱いでツカ/\と座敷へ通
りました、入口を締めて、私も其跡から往つて居ますと、其二人は平八郎
えら
様と格之助様、南無三、豪い人が出てござつたと存じて居りますと、平八
ゆる/\
郎様の仰しやるには、今度の事はいづれ緩々詳しい事を話すが、私等親子
かくま いは
を当分隠匿つて呉れと云れました』
彦『ウム、然う云つて頼んだから、今日まで隠遁ひ居つたのか』
五『イゝエどう致しまして、其時に私は斯う申しました、誠にお気の毒
とは存じますが、貴下方は厳しいお尋ねもの、万一にも隠遁つた事が、知
れましてはと、お断りを申しました処が、斯様に頼んでも承知致し呉れね
ば、是非に及ばぬ、此家に火を放して家内の者を残らず焼殺して了ふと云
はつしやります、また格之助様は脇差の柄に手を掛けてござるぢやござい
ませんか、私一人が殺されるのなら致し方がないと諦めも致しますが、家
を焼かれては、家内一同焼殺され、近所へも迷惑のかゝる事と存じまして、
余儀なく承知をいたし、女房共にだけ委細の事を打明けまして、娘をは
さ と つ
じめ奉公人等には、一切推知られぬやうに心を附け、幸ひ人の気の注か
ま
ぬ一室がございますので、其処へ二人を入れまして、三度の食事も、最初
のけ
一日二日は、私と家内の分を取除て置いて、私が自分で密かに運んで居り
のち たち
ました、処が其後一両日経ちましても、一向にお立になる気色もございま
ひかず もと どうぞ
せんので、日数が重なりましては、露顕の基ゐとなりますから、何卒御出
の
立を願ひますと、私は立退きの催促をいたしました』
彦『然うすると、平八郎等は何と云つた』
と尋ねました。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その160
その193
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
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