Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.1.7

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その118

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十四席 (4)

管理人註
   

            はたご  天保年間は、旅行をして旅籠屋に泊りましても、今日の如く宿泊人の住 所姓名、年齢職業などを詳しく、宿帳へ附けると云ふ事はなかつた、尤も               ところ 表面儀式的に宿帳を持つて来る土地もありましたが、此奈良だの初瀬、                   いたづら また伊勢参宮の街道の宿屋へ泊る客は、悪戯半分に山本勘助だとか、天川 屋義兵衛などゝ書き記しても、別に夫れを宿屋の方で、咎めもしなかつた            あるじ のでございます、処が今主人の儀助の言葉の様子では、宿泊人の年齢から 職業までも厳重に調べるらしいから、平八郎親子は流石与力の職に有つたゞ            けに、早くも夫れと心注いて、ギツクリ胸にこたへたが、そんな顔もせず。                         やたて  『ヂヤ御亭主、お前一寸書留めて下さい、私等は墨計を持つて居らぬ から』  『アゝ左様で、夫れでは硯箱を一寸取つて参ります』        いつ  亭主が立つて往た跡を見て。  『格之助、モウ此地へも手が廻つたらしいから、気を附けねばならん ぞ』  『住所姓名は何と致したもので』       わし  『夫れは私に任せて置くが宜い』  と云つてる処へ、儀助は、硯箱を持つて参り。            おところ  『お客様、左様なら御所は』  『山城国伏見両替町』  『ヘイ/\伏見の両替町……』  『大津屋平兵衛、年は四十三歳』  『ヘイ/\……お商売は』        ひよう          つかひ  『商売は日傭取ぢや、人に頼まれて使などをして居ますのぢや』  『夫れでは飛脚さんのやうなもので……、お連れ様は』     こ れ  『此人か、此男は私の弟で、平吉と云つて年は三十歳ぢや』      わざ        と し  平八郎は態と自分の年齢を、四ツ許り若く云つて、格之助の方はまた三        とし         ごまか ツばかり老けた齢を云つて、兄弟だと瞞着しました、儀助は聞くがまゝに 控へまして。         いろ/\  『イヤどうも種々面倒な事が起りまして』  『ハゝア面倒とは何事が起つたのかな』                               えら  『貴下方はまだお知りなさいますまいが、昨日大阪の方には、豪い騒 動が起りましたさうで、私も詳しい事は聞きませぬが、御役所から先刻、 宿屋一同を呼び出しになりまして、泊客の国所から何もかも詳しう聞いて、 直ぐ届け出るやうにしろと、厳しい御沙汰がございました、と云ふのは其 騒動を起した奴が、此南都へ逃げてでも来はせぬかと、云ふ用心でござい ます』


幸田成友
『大塩平八郎』
その160 
その193 

中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3 


『大塩平八郎』目次/その117/その119

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