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平『ハゝアそんな騒ぎがあつたのかな』
ゆる
儀『何卒マア御寛りとなさいまし、今に夕飯を差上げます』
と云つて亭主は立つて行きました、跡に二人は顔を見合せまして。
さ
平『此地にも長くは落着いては居られんが、然らばとてバタ/\として
もとくら
は却つて不覚を取るから、斯ういたさう、灯台は不暗しと云ふ事があるか
ら、却つて大阪に暫らく、身を潜めて居つた方が安全であらうと思ふ』
もつとも
格『成程夫れは御道理ではございますが、大阪へ往つても般若寺村へは、
モウ立寄る事は出来ますまい』
平『無論忠兵衛の家などへは行かれぬ』
ほか
格『夫れでは他に身を寄する家がございますか』
平『有る』
格『迂闊な者は今日の場合、決して頼みにはなりますまいと存じますが、
なんびと
有ると仰しやるのは何人でございますか』
かれ
平『靭油掛町の美吉屋五郎兵衛ぢや、渠は日頃より義侠の心に富み、ま
いろ/\ あつぱ
た今回挙兵に就ても、種々力を尽して呉れた男ぢや、町人ながら遖れなる
たまし
魂ひである、事は予てより承知をして居るから、兎も角も五郎兵衛の家に
こゝろざし そ ち
当分身を潜め、時機を見て再び我志望を達するか、夫れとも其力が云つた
やうに、鹿児島表へ立越えて、川上方に身を寄せて、其上にてまた一工夫
を致す事にしやう』
格『夫れでは明日此家をお立退きになりますか』
こ ゝ あるじ わし
平『イヤ夫れでは却つて当家の主人が怪しく思ふから、万事は私に任す
がよい』
くれ
と平八郎は何か考へて居りましたが、日が暮ると、何だか此伏見屋へ、
出入する者が多いやうに思はれます、疵持つ足の平八郎。
平『格之助、どうも、こりやア危険ぢや』
格『左様でございます、先刻も亭主の儀助が変な目付きをして居りまし
た』
しゆつた
平『兎も角も明早朝に出立つをいたさう』
と二十日の朝から廿一日の朝までに充分疲れを休め、伏見屋を出立して、
かしこ
是れから河内に立越え、此処や彼処の村々で二三日を費やして居りますと、
ひ る
廿四日は朝からの曇天で、正午過ぎから雨になりましたので、斯う云ふ日
よか おやこ
が宜らうと、父子は美吉屋五郎兵衛方をさして赴きましたのでございます。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その160
その193
中瀬寿一他
「『鷹見泉石日記』
にみる大塩事件像」
その3
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