かたち
大塩平八郎は此話しを聞いて居りましたが、容を正しまして。
平『谷村氏は深い考へもなく、左様に仰せらるゝのは無理の無い事だ
が、八田氏、貴公はまた如何したものだ、能く物事を考へて見られよ、
さむらひ
大阪の町人はいづれも大名屋敷へ出入をいたして、倉屋敷詰の武士に交
たやす
際をして居る、だから諸侯からの用金の掛引に慣れて居るから容易く相
談が出来るであらう、が併し林大学頭様は失礼ながら三千五百石の御旗
本で、御役は御儒者衆、大阪の町人共とは別に関係もないから、相談が
万一纏まらぬ時には林家の外聞にも関はる事、夫れのみならず、其等町
人共の口から洩れて、大阪に在る処の諸大名の倉屋敷詰、役人の耳にで
も入る時には甚だ面白くござらぬぢやテ、八田氏もまた其辺の事に、心
つ
が注きさうなものを如何した事でござるか』
き もつとも
平八郎は一本極められた、併し平八郎の云ふ処が如何にも正理でござ
いますから幸之進は。
づか
幸『何さま其辺の処へは心注ずに居りました、成程千両の金子を調達
するのに、江戸表から大阪へ来て、町人に頼母子講を作つたなどとあつ
ては外聞が宜しくござらぬ、が併し夫れだからと申して、他から借入るゝ
と云ふ目的もござらぬので、差当つての当惑でござるが、八田氏、何か
他に宜い御思案はござるまいか』
あづ
衛『左様……折角斯うして御相談に与かつたのだから、何とかして調
へたいとは存じますが……』
平『イヤ左様に後心配にも及ぶまい、宜しい、其千両の金子を拙者が
引受けませう、大塩平八郎が引受けて、間違ひなく調達いたすから、頼
や
母子講は断然お止めなさるが宜しい』
平八郎が千両の金を引受けると云ふのを聞いて、谷村幸之進は大塩の
義侠を感じ入り。
かたじけ
幸『貴公がお引受け下さるとは、実以て辱なく存ずる、八田氏、貴公
からも宜しく礼を云つて下さるやうに』
衛『大塩氏、それでは貴公が千両の金子を』
平『如何にも調達いたしませう、夫れでは谷村氏、今日と申して冬の
やしき
日の短日でござるから、明日の朝、手前邸宅までお越下さるやうに、屹
度其節に千両相違なくお手渡しをいたしませう』
たやす
と容易く受合ひました。
|