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喜『先生一応御覧下さいませ、斯様な事では如何でございませう』
○ ○ ○
と平八郎に見せました、此文中に無急度と云ふ事がございますが、之は
洩れなくと云ふのであらうと存じますが、原文のまゝで申上げますから其
思召しで……。
よろ
平『フム、是れで宜しい、併し何にしても一万枚と云ふものを一々書い
はん
て居ると云ふ事は出来ぬから、板に彫らせて摺らすが宜い』
喜『私も左様に存じます、是れから宅へ帰りまして、是れへ連名を致し
は ん や
ました者共にも見せましたる上、早速出入の彫刻師へ申附ける事にいたし
ませう』
と喜兵衛は暇乞ひをして立帰り、親類の新次郎其他の者に委細を物語り
かね
まして予て出入りをいたします彫刻師に注文して、印刷を為せました、斯
ういふものも今日だと活版でございまして、格別面倒ではないが、天保年
せげう
間の事だから、矢張り木版でございます、此施行の引換札の大きさは、縦
が九寸二分に、横が四寸六分ばかりもございまするものを、一万枚摺上げ
あらた
て持つて参りましたから、厳重に枚数を検めまして、是れから河内屋喜兵
くろにく なか/\
衛は自分で一枚/\へ、黒肉の印形を捺しますなど、却々手数もかゝりま
あひだ
すので、此間に数日を費やしましたが、扨すつかりと出来上つたやつを、
まきちら きつて
今度は貧民窟に持つて往つて撒布しました、サア此証券を貰つた者は大喜
まる
び、恰で日照つゞきの折から、夕立雨が降つたやうな有様で。
○『源助さん、大塩様は実に我々の為めには、神様ですねへ』
△『然うですとも、斯んな有難い事はありませんよ、来月の八日には、
一朱のお金が頂かれます』
あすこ
と彼処でも、此処でも、此施行の噂ばかりでございます、扨河内屋喜兵
衛の方では当日にならぬ前に、両替屋で六百五十両の金を、残らず一朱銀
とても
に取換へて置かねばなりませんが、是れとても一軒の両替屋では、到底む
づかしうございますから、手分をして諸方の両替屋を頼んで替へて貰ひま
したが、其中には此施行の事を聞き知つて、快く無手数料で替へて呉れる
家もあるが、また何にも知らない家もある。
主『番頭さん、河喜さんでは何故斯う沢山、一朱銀が御入用であらうな』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その103
幸田成友
『大塩平八郎』
その111
「大塩施行札」
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