わつち ちう
忠『私は忠ツてんで』
平『ナニ』
忠『忠ツてんで』
平『忠天とは是れもまた妙な名だな』
◎『エヘゝゝ旦那様、其男は忠五郎と申しますので』
平『ウム忠五郎か』
忠『ヘイ忠ツてんで』
平『アハ関東生れと見えるな』
○ ○ ○
忠『江戸から一月ばかり前に来て、まだ間のねへ江戸ツ児のちやき/\
で』
わし
平『イヤ面白い男ぢや、トキニ次郎兵衛、実は今度私は、日の本の神の
教へを人民に示さんが為めに、一ツの書物を刊行するのぢや、併し其彫刻
わし
は、我の屋敷でして貰はねばならぬから、河内屋喜兵衛へ相談をして、お
前達に来てもらつたのぢや、就ては至急を要するので、版下書は二枚用意
がしてあるによつて、四人の者に手を分けて彫らせて呉れるやうに、併し
うち
彫上げてから摺る者もなければならぬが、お前方の中に、摺りの方も手馴
ど う
れて居る者はあるか。如何ぢやな』
次『ヘイ大抵此者等は、彫りも摺りもいたしまする』
平『夫れは重畳ぢや、早く摺上げて呉れゝば、手間賃の外に褒美として
つもり
金子を遣はすから、其心算で精を出して呉れい』
職人等はぺこ/\と頭を下げまして。
かしこ
次『ヘイヘイ畏まりましてございます』
平『夫れにモウ一ツ申して置くのは、此彫を済ませ、入用の紙数だけ、
すつかり やしき すん
悉皆摺上げた上でないと、お前方一人も宅へ帰る事は勿論、此邸宅を一寸
も外へ出さないから左様承知をして貰ひたい』
と云ふと、職人等は顔を見合せ。
芳『親方々々』
と次郎兵衛の袂を曳いて。
芳『弁当を持つて来る奴に、用があつたら云つて遣る分にやア、差支は
ありますまいか』
次『そんな事は搆ふまいと思ふ』
平『イヤ/\夫れは搆はぬやうなものぢやが、お前達の宅から来ても、
逢はせて居ては夫れだけ手間が掛るから、弁当を持たせて寄越さぬやうに、
今河内屋喜兵衛の方まで申して遣はしたのぢや』
是を聞いた次郎兵衛は驚いた。
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