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次『モシ旦那様、弁当を喰はないでは仕事が』
平『夫れは心配をいたすな、三度の食事は、勿論此方で喰はせる』
是を聞いて四人の者は安心をいたしました、是れから平八郎は職人等を、
ま くだん
日当りの好い明かるい一室へ連れて行きまして、職場と定め、其上で件の
うち
版下書を渡し、其一室の出入口には同志の中の者が、交代で張り番をして
はゞかり うしろ
居りまして、便所に行く時にも、後から従いて行き、時分時になると其一
くは ど う
室へ食物を運んで飯を食せますが、決して酒は飲ませません、イヤ如何に
も実に其窮屈な事と云つたら堪りません、尤も今日での六時頃から掛らせ
まして、夜の十一時頃まで仕事を致させますので、四人の者も早く帰り度
てう
いから、勉強をしましたので、思つたよりも早く、恰ど四日目に彫上りま
およそ
した、そこで職人は素より、同志の者も襷掛けになつて摺りにかゝり、約
二万枚ばかりを摺上げました、次郎兵衛等四人の者へは改めて酒を飲せ、
もてな
立派な膳部で待遇しました上、賃金の外に夫々慰労金とでも申しませうか、
別に金子を与へましたので、四人は大喜び、早く帰つて妻子の者をも喜ば
さうと思つて。
いろ/\
次『旦那様、どうも種々と有難う存じまする、モウ引取りましても宜しうございますか』
やしき
平『イヤ/\、まだ帰す事は相成らぬ、モウ一両日は此邸宅に居て貰ひ
たい』
と云つて四人の者を引止めて置き、其印刷したものを恰ど状袋のやうな、
長方形の紫色の袋に入れまして、其袋の裏の処へ。
『天より被下候』
と肩書にいたし、真中へは。
『村々小前のものに至る迄』
ゆは
と書き認めまして、伊勢大神宮の御祓ひに結ひ付け、是らから予て斯う
いふと云ふ時に使ふ為めに、手なづけてありました処の人夫、是れは重に
般若寺村の名主、橋本忠兵衛の配下の百姓等で、密かに摂津、和泉、河内、
まきちら
或は播州地方の各村落へ撒布させましたが、誰あつて是れを大塩平八郎と
云ふ事は存じませんでした。
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その110
幸田成友
『大塩平八郎』
その110
大塩檄文
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