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ど う をり
処が如何も此頃助次郎はソワ/\として居ますから、何か仔細のある事
だと思ひ。
菅『助次郎、お前此頃は何故そんなにソワ/\として居なさるのだね、
ふか
夫れに御役所から戻ると、直に大塩先生の処へ往つて、必らず夜を更して
あ
お帰りだが、先生のお宅だから宜いやうなものだが、毎晩/\何をして彼
んなに夜更しをするのだえ』
助『ハイ夫れは何でございます、陽明学の御講義を拝聴いたしますので、
ツイ帰りが遅なりまして……』
さ
菅『お前、其御講義とやらを、然う毎晩続いてなさりもせまいぢやない
か』
助『イエ夫れが何でございます、其……私一人ではございません、小泉
だの瀬田、まだ他にも大勢の門人が申し合せまして、後素先生へお願ひ申
し、毎夜御講義を願つて居るのでございますから、決して此事に就ては、
御心配遊ばさんやうに……』
菅『そりやモウお前の事だから、遊里へ足を踏み入れるやうな事はある
からだ
まいし、又悪い遊びに夜を更すとは思ひませんが、身体の大切と云ふ事も
考へなければなりません、成程学問も大切ではあるが、余り勉強をして身
いた
体を害め、夫れが為めに御奉公に差支へを生じたり、また親に心配を掛け
るやうでは甚だ宜しくはあるまいと、私は思ひます、夫れに去年の夏から、
御役も町目附に昇進して居る、目附と云へば大切な御役であるから、一層
身体も大切にせねばなりません、お前はまだ年の往かない時であつたから、
をつと おとう
覚えはしまいが、私の良人、お前の為めには阿父様の助左衛門様が御臨終
とき を れ つぶ
の際に、私を枕許へお呼びなすつて、今にも乃公が眼を瞑つたらば、助次
きづ
郎の養育を頼む、必ず/\平山の家名に、瑾を附けるやうな事を為せて呉
れるなとくれ/゛\の御遺言であつた、何もお前が、家名に係はるやうな
事をして居るのではないが、万一にも心得違な事があつてから、幾ら云つ
ても後の祭で、何の役にも立たぬ、能く阿父様の御遺言を守つて下さいよ、
くど い
サア余り諄く云つても可けないから、今日は機嫌よく御役所へ出勤をなさ
い』
助『段々との御教訓、有難う存じます、では御機嫌よろしう』
いつも
と挨拶をして、助次郎は、例の通り東町奉行へ出勤いたしました。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その104
『塩逆述』
巻之五
その12
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