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はか いろ/\
平『今日慮らず参つたアノ矩之允、種々説き付けても承知を致さぬ様子、
はじめ
斯くと最初に知るならば、大事を漏らすのではなかつた、併し余人とは違
つて矩之允に限つて決して他言すべきやうな人物ではないが、他言いたさ
ぬからと申して、今日の場合、そんなら宜いと云つては帰されぬ』
ごもつとも ほゞ
正『先生の仰せ御正理、併し先刻略承知いたしたやうに見受けましたか
ら、今一応我等よりして説き勧めましたらば』
だ め
平『イヤ/\モウ無益だ、モウ何も云はつしやるな、大勢の者の為めに
は替られぬと決心した』
正『其御決心とは』
平『不憫ではあるが、生して置く事は出来ぬ』
と大井正一郎の耳に口を寄せて。
か
平『貴公の手で早く打止めて貰ひたい、一味の者の気を励ますには、渠
ちかみち
れを討取るのが何より捷径でござる』
正『ハツ、夫れでは直に』
と大井正一郎、追取り刀で立上るのを見て、平八郎は。
平『アゝコレ/\、宇都木は若年なれども、腕に覚えのある男ぢや、サ
ア、此槍を持つて』
なげし
と槍架に掛けたる処の槍を取り下して、鞘を払つて差出した、心得たり
もゝだち くだん
と大井正一郎、袴の股立取るより早く、件の槍を小脇にかい込んで、廊下
伝ひに離座敷へと駈け行きました。
平『安田、貴公は万一逃げ出ださば、引捕へる用意をさつしやい』
図『ハツ』
さげを
と云つて安田図書は、是れまた刀の下緒を取つて襷に掛け、手取に為さ
したゝ
んと用意をして居りました、扨宇都木矩之允、首尾よく遺書を認めて、岡
田良之進に持たせ、今裏口より落し遣りましたから、モウ是れで安心、此
上は今一度、後素先生に諫めを容れ、用ゐなければ、面前に於て切腹し、
も と
己れが潔白を示さんと覚悟を致し、以前の小座敷へ立戻らうとしたが、折
わき
ふし便通を催しましたので、廊下の側にありました便所に入つて用を達し、
てうずばち
立出でて、今や石の手洗鉢の傍に立寄つて、檜杓を手に取上げ、水を汲み、
手を洗はうとして居る処へ駈け来つたる大井正一郎。
正『宇都木氏、貴公の一命は先生に捧げられよ』
あばら
と云ふより早く矩之允の左の肋をブスり、槍突通した、アツと一声叫ん
で其処に倒れたる矩之允、素より死ぬる覚悟でございますから。
矩『素より覚悟、存分にさつしやい……』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113
森 繁夫
「宇津木静区と
九霞楼」
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