Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.11.23

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その78

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十六席 (2)

管理人註
   

 お話しは少し跡へ戻りますが、平山助次郎の母お継は、どうも近頃忰の ようす 挙動が変だと思ひ、夫れとなく異見を加へました処が、別に何の仔細もな く、唯大塩後素先生の処で、学問の稽古をして居るのだと申しますので、 若い者に余りひつこく云ふのは却つて宜しくないと、其儘にして置きまし                          かね/゛\ たが、どうも心に掛つてなりません、二月十七日の事、予々助次郎と懇意 にする何某と云ふ者の宅へ参りまして、夫れとなく探つて見ますと、其男 は秘密を洩しましたので、これは大変とお継は屋敷に立帰り、下女を呼び まして。  『未だ忰助次郎は帰ませぬか』  『イエ先刻お帰りなりましてございます』  『左様か、此処へ呼んで下され』  と云ふので、下女は助次郎に其由を伝へますと、助次郎は母の居間へ参 りまして。  『此雨の降りますのに、貴女はマア何処へお越しになりました、大層  めしもの お着衣が濡れて居るではございませんか、お召換へ遊ばしませ』  『イヤ/\、雨に濡れて此着物は、また乾きもするし、着換へる事も          ぬれぎぬ 出来やうが、乾かぬ濡衣、着換へもならぬ汚れた心……助次郎、お前、昨 日から帰らぬのは、何処へ往つて居なすつたのだ』  『ハイ昨日役所へ出ました処が、同僚の者が今夜の泊り番を、代つて 呉れと頼まれましたので……』  『夫れならば、何故其事を、使ひの者にでも、云ふては寄越しなさら ぬのだ』  『サ夫れが何でございまして……ツイ、其私が』         いひわけ  『モウ今更、弁解をするには及びませぬ、コレ助次郎、此処では話さ れぬ、アノ御仏間まで来て下され』  『ハイ……』  と云つたが、何故仏間へ来いと云ふのか解りません。  『サアお前、先きへ御仏間へ往つて居て下さい、私も直に行くから』            つ ね  助次郎も母の様子が平素とは違つて居りますから、変な事だとは思ひま           しやべ したが、マサカ三平が饒舌つた事を、聞いて戻つたと云ふ事は知らない、                     こゞと 大方昨日から戻らずに居た事に就て、何かお叱言でも仰しやるのであらう                          いできた と思ひながら、仏間へ往つて、居りますと、母も後より出来り、仏壇の位 牌を取り出して、助次郎の前に置きました。             いよ/\  此有様を見て助次郎も、愈 不思議に思つて居ると。  『助次郎、此位牌は御承知であらうな……今日は私一人ではない、此       おとうさま 位牌こそ即ち阿父様、二親の前で、お前に尋ねる事がある、併し助次郎、 お前は両親の言葉を用 ふる心か、まづ夫れから先きに返事をしなさい』                              そむ  『どうも合点の行かぬ貴女の為され方、私は貴女のお言葉を背くやう な事は、今日までにございませず、今後とても其通りでございます』  『そんなら云ひますが、何事も隠してはなりませんぞや……此間もお                               前に尋ねたら、大塩先生の処で、陽明学の講義を承はつて居ると云やつた                           くみ が、然うではござるまい、お前は平八郎殿の今度の謀叛に与して、御奉行 の首の首を打取る役目を、受取つて居やうがな』



石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113

『塩逆述』
巻之五
「その12」


『大塩平八郎』目次/その77/その79

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