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いら
扨此方は跡部山城守、御役宅ではございますか、奥方も在つしやいます
し、また女中も居ります、今日は雨降りでもございますから、奥のお居間
ごしゆ いら そば
で御酒を召上つて在つしやる、お傍には牛尾善之助と云ふ家来がお相手を
して居ります。
山『善之助、大分大降りになつたやうぢやな』
善『左様でございます、当年もまた昨年のやうに、春から長雨にならね
こり\/
ば宜しうございます、モウ雨には懲々でございます』
山『左様ぢや、雨の為めに今年もまた凶作であると、此上に難義をする
ふ
者が殖えるからナ』
善『夫れに就きまして申上げます、先般大塩平八郎が施行をいたしまし
たに就いて余程また彼れの評判が高く相成りまして、到る処で其噂を致し
て居りまする』
山『アゝコレ/\善之助、平八郎の事は聞きたくない、サゝ酒を飲め/\』
善『ハツ、有難う存じます』
善之助は云はなくツても宜いのに、大塩平八郎の事を云ひ出したので、
今更手持無沙汰で居ります処へ、用人野々村次平が参りましして。
次『申し上げます』
山『何ぢや』
次『平山助次郎、御前に御目通りを願はれます』
山城守は手に持つて居た盃を下に置き。
こよひ
山『助次郎が予に逢ひたいと申すのか、彼れは今夜の泊番か』
次『イエ左様ではございません、何か密々申し上げ度い儀がございます
あちら
やうに申されまして、彼方に控へ居りまする』
たい
山『密々に申し度事とは如何なる事か、兎も角も逢て遣はすから、併し
何んの用か居間一度聞いて参れ』
次『ハツ』
と云つて立つて行きましたが、直にまた御前に手を突きまして。
次『他聞を憚る一大事が出来いたしましたから、是非お目通が致し度い
と申されます』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113
『塩逆述』
巻之五
「その12」
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