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たゞち したゝ
扨是れより山城守は、直に長々しき密書を認めまして、善之助を呼出し、
夜中ではあるが、西町奉行、堀伊賀守の役宅まで其密書を持せ遣はし、尚
ほまた別に一書を認めまして、助次郎を呼出し。
山『其方唯今より、直ぐに江戸表へ出発いたし呉るゝやうに』
かしこ
助『ハツ畏まりましてございます』
山『此一書を携へ、道中を取急ぎ、江戸表へ罷り越し、勘定奉行矢部駿
さ と
河守殿へ出訴に及べ、平八郎一味の者に推知られては相成らぬぞ』
山城守は一包の金を取出しまして。
こ れ
山『此金を路用として、道中を急いで行け』
助『委細承知仕りました』
やしき
と助次郎は奉行の役宅を立出で、一旦我邸に立帰り、母親に斯々と物語
りをして、邸を立出ましたのは、彼是四ツ時分、今日の午後十時頃でござ
います、此助次郎は其後廿三日に、東海道今切の渡しを渡つて居ります時
に、大阪表に大火があつたと云ふ噂を聞き、是れよりは一層路を急ぎまし
たが、何分大井川出水の為め川留に遭ひ、漸く二月廿九日の夕方に、江戸
ちやく
表へ着いたし、直に矢部駿河守の役宅へ参りましたが、其時に駿河守には、
大阪事変の大要を聞き知つて居りました。
あがり
そこで助次郎を呼寄せて一応取糺し、大切な訴人でございますから、揚
や
屋入を申し附けられました、是れは後のお話しでございます、此方は堀伊
し やちゆう
賀守、跡部山城守よりの報らせに打驚き、何分夜中でございますから、俄
に騒ぎ出し、両町奉行が打合せをいたし、平八郎等逮捕の手配りに取掛り
まする、然る処、茲にまた東組の同心、吉見九郎右衛門の忰、同苗英太郎、
河合郷右衛門の忰、同苗八十次郎の両人は、支配違ひの西奉行へ、十八日
の夕暮早々出頭いたし、堀伊賀守に面会を乞ひました処が、伊賀守の方で
は定めて大塩の一件であらうと察し、早速対面致しますと、両人はいづれ
も父の命を受け、大塩平八郎の陰謀の次第を告訴状に認め、是れに例の檄
文の印刷物と、一味徒党の姓名を書記したるものを添へて差出しましたか
ら、伊賀守は両名の者を留置き、早速使者を以つて東の跡部山城守へ、両
あらた
人が持参の品を持たせ遣はしました、山城守は其徒党の者の姓名を検めま
すと、其夜宿直の与力小泉淵次郎、瀬田済之助の両人も一味に加はつて居
にはか
りますから、大いに驚き、俄然に公用人野々村次平を呼出しました、次平
かへりちゆう
は既に平山助次郎の反忠に依つて、今度の事変を存じて居りますから、夜
中と雖も決して油断はして居りませぬ、早速主人の御前へ出まして。
しゆつたい
次『何かまた過急の御用、出来仕りましてございますか』
山『次平、今日の泊番は小泉淵次郎、また瀬田済之助であらうな』
次『御意にございます、両人共詰所に控へ居られまする』
山『次平、是れを見よ』
と云つて山城守は、一味徒党の姓名を写したる書附を見せましたから、
次平も驚きました、山城守は小声になりまして。
すか さ と
山『其方は淵次郎、済之助の両人を甘く賺し、推知られぬやうに、予の
目通りへ連れて参れ、予が一応取調べを致さねば相成らぬ』
かしこ
次『委細畏まりましてございます』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113
『塩逆述』
巻之五
「その12」
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