Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.11.29

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その84

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十七席 (3)

管理人註
   

                    きは  此方は小泉淵次郎、多勢に取囲まれて進退谷まりましたが、漸く一方を                やちう 斬り破つて、椽側へ出ましたが、夜中の事でございますから、出口は皆締                 りがしてある、そこで茶室の方へ走せ行きますと、其跡より馳せ来つた跡          ごう 部の家来、日頃から強の者と云はれて居る、水野伝九郎と云ふのが、暫ら               やむ くの間打合つて居りましたが、止を得ん斬れ、と云ふ山城守の声が、何処 からか伝九郎の耳に入つたので、淵次郎の肩先をズバリ斬下げた、アツと                うち 云つて振返る処を、また一刀、其中に追々集まり来たつた若侍が、抜刀を                      以つて追取巻、遂に小泉淵次郎、十八歳を一期として落命いたしました、 尤も最初山城守は此両人を、生捕りにするつもりでございますから、野々                             いら 村次平にも其辺の事は申含めてあつたのだが、次平は少し気を焦つたので、 斯んな事になりました、全体山城守は、小泉、瀬田の両人を御用談の間へ 呼寄せ、此処で自ら取調べるつもりであつたのだ、与力などが此間へ這入 る時には、畳廊下の一方に近習部家と云ふのがあつて、此処で脇差を置い   まるごし て、無刀で奉行の前に出るのが法式だから、近習部家へ脇差を置かせてか              よか ら、其脇差を取隠して了へば宜つたのですが、次平は慌てゝ、先きに脇差 を渡せと云つたものだから、両人は夫れと感付いて、斯ういふ騒ぎになつ て了ひました。                                づか  扨此方は大塩平八郎、平山助次郎が変心したと云ふ事は、少しも心注ず に居りましたが、予て連判に加はつて居た河合郷右衛門が、何処へ往つた のか、二三日前から一向に顔を見せませんので、もしや変心したのではあ              ひそか るまいかと、杉山三平に命じ密に容子を探らせてみると、此郷右衛門には 二人の忰がありました、兄を八十次郎、弟を捨松と云つて、弟の方は今年 漸く二歳でございますが、其捨松は此頃疱瘡に罹つて居りますので、其子             しるべ  もと を預ける為めに、河内在の知己の許へ往つたと云ふ噂を聞いて戻りました。             いよ/\  其話しを聞いて人々は、愈 事を挙ぐると云ふ間際になつて、子供の事           ど う を案じるやうでは、如何も心底が怪しいと思つて居ると、大井正一郎が。                               『先生、河合ばかりではない、平山助次郎も昨夜立帰つた限りで、其 後顔を見せないではございませんか』                                 ひ け  『成程、両町奉行の巡見の日を知らせに参つたのは、昨日役所の退出 後の事、一度宅へ帰り、明日は非番だから、早朝より参ると申して帰つた      こんてう のぢやが、今朝から参らぬのは……』                             かれ  『変心したのかも知れません、今思ふと先達つて渡辺が、渠に連判を      ようす 勧めた時の挙動が少し変でございました』            やしき  『兎も角も助次郎の邸宅へ、容子を見に遣はさう』  と又もや三平に其事を命じましたから、三平は直ぐ平山の邸宅へ往つて 見ると、素より夜中の事だから、門は閉めてございます。  『お頼み申す……一寸御門をお開け下さい』



石崎東国
『大塩平八郎伝』
その112

幸田成友
『大塩平八郎』
その120大坂東町奉行所図


『大塩平八郎』目次/その83/その85

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