Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.11.30

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その85

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十七席 (4)

管理人註
   

 トン/\/\、と打叩いても、答へがない、こりや答への無い筈でござ         かへりちう います、助次郎の反忠の為め、万一大塩の一味が其事を知つて乱暴でもす                          やしき るやうな事があつてはならぬと、助次郎の母は早朝より邸宅を逃げ出し、                                 ふり 留守居の者にも注意をしてございますから、幾ら戸を叩かれても聞えぬ態 をして居ります、そこで三平は暫らく容子を考へては、またトン/\と打 叩いて見ても、一向に返事をしてませんから、立帰つて其由を、平八郎に 告げますと、扨は助次郎も変心して、何れへか逃走したに違ひないとは思                         づか つたが、跡部山城守へ密告したと云ふ事は、少しも心注ずに居りました、 処が其夜の子の刻過ぎ、今日の午前一時頃、大塩屋敷の門の戸を、烈しく 打叩く者がある、門番は心得て。           どなた  『今開けます……何誰でございます』  『済之助でござる、早く、ハゝ早く』  と云ひますから、門番は、慌てゝ門を開いて見ると驚いた、瀬田済之助 は顔も手足も衣類も朱に染まり、血刀を引提げて駈込み、玄関の処まで来                                た ゞ ると、式台にバツタリと倒れました、此有様を見て居合す人々は、尋常ご とならずと、平八郎に斯くと告げましたから、平八郎も駈け来たり。        いかゞ  『済之助、如何いたしたか』          きうび  と傍に立寄つて、鳩尾の辺りを撫でさすり、活を入れますと、済之助は。  『ウムウー……』  と心注いた。     ど う    しつか  『如何した、確りさつしやい』  『先生、無念でござる、何者かゞ裏切りを致しました』  『ナニ裏切を』  『先刻山城守には、淵次郎と拙者を突然呼出しましたので、往つて見      かよう ると、云々斯様々々』  と有し次第を語りましたので、平八郎大きに驚き、斯くなる上は、最早 片時も猶予する場合でないと思ひ。    いづ  『何れも用意をさつしやい』              こしら         のろし  と下知を致すと共に、予て設備へ置いたる合図の狼火を打揚げました、                    やしき サア大変一味の者等は我遅れじと、大塩の邸宅へ駈附け/\、駈集まつた          おびたゞ る処の人数は、実に夥しいものでございます、此時大井正一郎は、前刻我 手に掛けました、宇都木矩之允の首級を打落し、槍の穂先に其首をさし貫 き、玄関に立出でますと、是れに続いて大塩格之助には、先陣として、旗 さしものを部下に持たせ、其身は小具足に身を固め、上には火事に用ふる                                め て 処の胸当を為し、緋羅紗の陣羽織を着して、槍を小脇にかい込み、右手に             さしず は金の采配を持ち、頻りに指揮をして居ります、勿論十九日に事を挙げる と云ふ事は、前々から定めてございますから、河内在の猟師金助、是れは 砲術のことを能く心得て居りますから、十八日の朝から、大塩の屋敷へ入 込んで居ります、夫れに橋本忠兵衛の手から、今度の一味に加はつた処の、 般若寺村其他近村の百姓等は、皆一味の与力、また同心の屋敷へ別れ/\                         のろし に来て、ソリヤと云ふ合図を待つて居りましたから、狼火に依つて追々に        いよ/\ 詰掛けて来る、愈 同勢も集りましたので、平八郎も同じく小具足の上に、 紺羅紗に定紋附いたる陣羽織を着し、金の鍬形に、青龍の前立打つたる兜     ゆんで          め て を戴き、左手に鉄の棒、右手には日の丸の陣扇を持ち、渡辺良左衛門、近 藤梶五郎、其他の人々を従へて、悠々と立出で、陣扇をサツと押開き。  『我邸宅の塀をまづ打壊し、第一番に向ふなる朝岡助之丞の邸宅へ砲 発召され』  と下知いたしました。



石崎東国
『大塩平八郎伝』
その112

幸田成友
『大塩平八郎』
その130 


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