淵次郎斬らる
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伊賀守は家老から両名出訴の次第を聞き、早速其旨を山城守に通
知し、前刻相談の通り平八郎を捕縛しやうといふので、私宅へ下
つてゐる与力同心共を召集した、平八郎の謀叛は最早疑ふ余地が
無い、前夜の泊番であつた東組与力瀬田済之助小泉淵次郎両名は、
訴状の表によれば一味徒党の者である、ソレ召捕れといふ山城守
の命令で、両名を御用談の間へ呼寄せた、此間は常に町奉行が出
席して与力などに会ふ所である、呼ばれた与力は此部屋に入る前
の畳廊下―廊下の一方は近習部屋―に脇差を置かねばならぬ、畢
竟丸腰で町奉行に面会するのであるから、彼等が御用談の間に入
るを待つて脇差を取隠し、さうして生擒らうといふ手筈であつた、
済之助は折節便所に立ち、淵次郎一人一足さきへ来た所、近習部
屋に慝れて居る者が脇差を取上げることが早過ぎたので、怪しい
と感付いた淵次郎はバタ\/と逃げる。止むを得ん、斬れといふ
ので、山城守の家来が後から切付け、百会の後へ二寸程、右の肩
先へ四寸程の切疵と、右の脇腹へ一寸程の突疵とを負はせて、遂
に斬伏せて仕舞つた、其場所は今井克復翁氏は弓の間で、斬手は
一條一といふ剣術師範であつたと言はれるが、関根一郷氏の話に
は遠国方役所の辺とある。今井翁のは実験談、開根翁のは伝聞で
あるが、弓の間にしては御用談の間に近過ぎ、止むを得んから斬
れといふ言葉が少々承取かぬる、
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伊賀守は家老から両名出訴の次第を聞き、早速その旨を山城守
に通知すると共に、私宅へ下つてゐる与力同心共を召集した。平
八郎の謀叛は最早疑ふ余地が無い。山城守は前夜の泊番であつた
東組与力瀬田済之助小泉淵次郎両名が訴状の表によつて一味徒党
の者であることを知り、ソレ召捕れと指図し、両名を御用談の間
へ呼寄めた。此処は町奉行が出席して与力などに会ふ所で、呼ば
れた与力はこの部屋に入る前の畳廊下――廊下の一方は近習部屋
――に脇差を置かねばならぬ。畢竟丸腰で町奉行に面会するので
あるから、彼等が御用談の間に入るを待つて脇差を取隠し、さう
して生擒らうといふ手筈であつた。済之助は折節便所に立ち、淵
次郎一人一足さきへ来た所、近習部屋に慝れて居た者が脇差を取
上げることが早過ぎたので、怪しいと感付いた淵次郎はバタ\/
と逃げる。止むを得ん、斬れといふので、山城守の家来が後から
切付け、百会の後へ二寸程、右の肩先へ四寸程の切疵と、右の脇
腹へ一寸程の突疵とを負はせて、遂に斬伏せて仕舞つた。旧天満
ハジメ
組惣年寄今井克復翁の話にその場所は弓の間で、斬手は一條一と
いふ剣術師範であつたと言はれるが、旧東組与力関根一郷翁の話
には遠国方役所の辺とある。今井翁のは実験談、関根翁のは伝聞
であるが、弓の間にしては御用談の間に近過ぎ、「止むを得ん、
斬れ」といふ言葉が少々承取かねる。 |