出陣
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正一郎が短之允を討留めたと復命した時には、既に一党は旗四半
を押立て、今にも出陣せんとする気色である、正一郎は兼て連判
に加盟せる者故、手早く有合の着込を着し、鎗を携へて先登に立
つた、一党は五ッ時頃屋敷の塀を引倒して繰出し、向屋敷の朝岡
助之丞宅へ大砲を打込み、大塩邸に火を放ち、組屋敷の内を所々
乱暴して天満十丁目へ出た。彼等は到る所大砲火矢を打放し炮碌
玉を投散し、重立たる面々は抜身の鎗長刀を振廻し、其場に彷徨
ひ居る者を、百姓となく町人となく味方に引入れ、不承知ならば
斬殺すぞと威し、有合の脇差を渡して荷物を担がせ、同勢彼是三
百人計となつた、其中には隙を見て逃亡する者も多いが、また進
んで何処までも附添ひ来り、呉服屋へ飛込み、衣類を奪取つて着
用する者もあれば、町家から理不尽に酒や飯を持出し、鱈腹飲食
する者もあつた、一行は天満天神社から南に折れて天神橋筋を渡
らうとしたが、南端の橋板は既に山城守の手で破壊されてあるの
で、止むを得ず引返し、身支度をし直し、猶人数を集め、大川に
沿うて西へ下り、橋板を取崩さうとしてゐる町奉行所の人足を追
払つて難波橋を南へ渡り、北浜二丁目に出たのは九ッ時頃であつ
た。
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正一郎が短之允を討留めたと復命した時には、既に一党は旗四
半を押立て、今にも出陣せんとする気色である。正一郎は豪気者
であるから、手早く有合の着込を着し、鎗を携へて先登に立つた。
一党は五ッ時頃屋敷の塀を引倒して繰出し、向屋敷の朝岡助之丞
宅へ大砲を打込み、大塩邸に火を放ち、組屋敷の内を所々乱暴し
て天満十丁目へ出た。彼等は到る所大砲火矢を打放し、炮碌玉を
投散らし、抜身の鎗長刀を振廻し、百姓といはず、町人といはず、
出会次第味方に加はれと勧め、不承知ならば斬殺すぞと威し、有
合の脇差を渡して荷物を担がせ、同勢彼是三百人計となつた。彼
等の中には隙を見て逃亡する者も多いが、また進んで何処までも
附添ひ来り、沿道の町家から衣類を奪取つて着用する者もあれば、
理不尽に酒食を持出して、鱈腹飲食する者もあつた。一行は天満
天神社から南に折れて天神橋筋を渡らうとしたが、南端の橋板が
既に山城守の手で破壊されてゐるので、止むを得ず引返し、大川
に沿つて西へ難波橋まで下り、橋板を取崩さうとしてゐる町奉行
所の人足を追払つて橋を南へ渡り、北浜二丁目に出たのは九ッ時
頃であつた。
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