Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.9

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その92

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十九席 (2)

管理人註
   

 『我々は表から立入るから、お前達は此家の裏へ廻つて、万一にも裏 口から、志摩が逃げ出すやうな事があれば、容赦なく引捕へるやうに』     と吩ひ附けまして、佐五右衛門と両人は、宮脇の家に立ち入り、玄関か ら大声にて。  『宮脇志摩は宅に居るか』  と云ふのを聞いて出て来たのは、彼是六十余りの下男。  『誰だへ、旦那様を呼捨てにするのは』  と云ひながら二人を見ると、袴羽織に大小を差して居りますから。    どちら    いら  『何方から入つしやいました』  『志摩は宅に居るか』  『ヘイお宅でございますが、貴下方は』                     あるじ  そば  『我々は大阪町奉行の組与力であるが、主人の傍へ案内いたせ』  『アゝ左様で……何の御用か存じませんが、一寸旦那様へ其由を申上           こ れ げますから、暫らく此処にお待下さいませ』  と云つてる処へ、襖を開けて出て来たのは、宮脇志摩、モウ年齢は五十                             こ え ばかりでございませうが、惣髪でございまして、でつぷりと肥満て居りま   かんぬし す、神官の事だから白木綿の無地の着物に、浅黄木綿の袴を穿いて居りま す。  『貴公方は大阪の与力衆でござるか、何の御用かは存ぜぬが、此処は   はぢか                 どうぞ 余り端近でござる、市助、次の間へ何故御案内せんのぢや、サア何卒此方 へ』  と平然として居りますから、八田、高橋は顔を見合せながら。  『宮脇志摩は其方か』  『左様、私が志摩でございます』  『其方に就て吟味すべき筋あれば、神妙にお縄を頂戴せよ』  志摩は驚いて。           『是れはまた怪しからぬ仰せ、何事の御吟味かは知ぬが、卑しくも神 つかへまつ に仕奉る身に、不浄の縄を掛けるとは、其意を得ざる次第、まづ其理由を 承りたい』  佐五左衛門は頭から叱り付け。         ぬすびとたけ          いくら ● ●         『黙れ志摩、盗人猛々しいとやら、其方が何程シラを切つてもモウ無 益だ』    いよ/\         ● ●  『愈 奇怪千万、シラを切るとは何事でござるか』  『其方は大塩平八郎が、今度の暴徒に加はり居りし事、明白たり、依     うつて つて我々討人として出張したのだ、サア、尋常に縄に掛れ』   ねめ  と睨付けました。  宮脇志摩は両人に向ひまして。  『如何にも私は大塩平八郎の為めには、叔父に相違ございません、併 しながら其平八郎が、左様なる無謀の企てを為し居りし事は、少しも存じ                                ませぬ、アレ御覧下され、私は彼の如く植木屋を雇つて樹木の手入を為せ                        て居る位でござれば、お察しを願ひたい、無謀に与みする者が安閑と庭造 りなどを為せませうか、十九日の朝、大阪の天満に出火ありと承はり、甥          い か の大塩平八郎方は如何がせしかと存じ、早速駈付けたる処、途中に於て、 平八郎が叛逆の次第を聞いて打驚き、其儘引返したるに相違ございません、 なれども是れでは申訳は立ますまい、と申して此場で縄に掛つては、養母 の嘆きも思ひ遣られますから、暫時の御猶予が願ひたい、母に能く事の 次第を申し聞かせ、其上潔よく縛に就くでございませう』


幸田成友
『大塩平八郎』
その156 

『塩逆述』附録一
その1−21


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