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又『我々は表から立入るから、お前達は此家の裏へ廻つて、万一にも裏
口から、志摩が逃げ出すやうな事があれば、容赦なく引捕へるやうに』
い
と吩ひ附けまして、佐五右衛門と両人は、宮脇の家に立ち入り、玄関か
ら大声にて。
又『宮脇志摩は宅に居るか』
と云ふのを聞いて出て来たのは、彼是六十余りの下男。
男『誰だへ、旦那様を呼捨てにするのは』
と云ひながら二人を見ると、袴羽織に大小を差して居りますから。
どちら いら
男『何方から入つしやいました』
又『志摩は宅に居るか』
男『ヘイお宅でございますが、貴下方は』
あるじ そば
又『我々は大阪町奉行の組与力であるが、主人の傍へ案内いたせ』
男『アゝ左様で……何の御用か存じませんが、一寸旦那様へ其由を申上
こ れ
げますから、暫らく此処にお待下さいませ』
と云つてる処へ、襖を開けて出て来たのは、宮脇志摩、モウ年齢は五十
こ え
ばかりでございませうが、惣髪でございまして、でつぷりと肥満て居りま
かんぬし
す、神官の事だから白木綿の無地の着物に、浅黄木綿の袴を穿いて居りま
す。
志『貴公方は大阪の与力衆でござるか、何の御用かは存ぜぬが、此処は
はぢか どうぞ
余り端近でござる、市助、次の間へ何故御案内せんのぢや、サア何卒此方
へ』
と平然として居りますから、八田、高橋は顔を見合せながら。
又『宮脇志摩は其方か』
志『左様、私が志摩でございます』
又『其方に就て吟味すべき筋あれば、神妙にお縄を頂戴せよ』
志摩は驚いて。
け
志『是れはまた怪しからぬ仰せ、何事の御吟味かは知ぬが、卑しくも神
つかへまつ
に仕奉る身に、不浄の縄を掛けるとは、其意を得ざる次第、まづ其理由を
承りたい』
佐五左衛門は頭から叱り付け。
ぬすびとたけ いくら ● ● だ
佐『黙れ志摩、盗人猛々しいとやら、其方が何程シラを切つてもモウ無
め
益だ』
いよ/\ ● ●
志『愈 奇怪千万、シラを切るとは何事でござるか』
又『其方は大塩平八郎が、今度の暴徒に加はり居りし事、明白たり、依
うつて
つて我々討人として出張したのだ、サア、尋常に縄に掛れ』
ねめ
と睨付けました。
宮脇志摩は両人に向ひまして。
志『如何にも私は大塩平八郎の為めには、叔父に相違ございません、併
しながら其平八郎が、左様なる無謀の企てを為し居りし事は、少しも存じ
あ さ
ませぬ、アレ御覧下され、私は彼の如く植木屋を雇つて樹木の手入を為せ
く
て居る位でござれば、お察しを願ひたい、無謀に与みする者が安閑と庭造
りなどを為せませうか、十九日の朝、大阪の天満に出火ありと承はり、甥
い か
の大塩平八郎方は如何がせしかと存じ、早速駈付けたる処、途中に於て、
平八郎が叛逆の次第を聞いて打驚き、其儘引返したるに相違ございません、
なれども是れでは申訳は立ますまい、と申して此場で縄に掛つては、養母
の嘆きも思ひ遣られますから、暫時の御猶予が願ひたい、母に能く事の
次第を申し聞かせ、其上潔よく縛に就くでございませう』
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幸田成友
『大塩平八郎』
その156
『塩逆述』附録一
その1−21
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