Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.10

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その93

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十九席 (3)

管理人註
   

 『我々は表から立入るから、お前達は此家の裏へ廻つて、万一にも裏                          もつとも  と殊勝らしく申し述べますので、八田、高橋の両人も道理に思ひ、殊に    ぐるり 此家の周囲には捕方の者が見張りをして居りますから、もし逃げ出した処 で逃すやうな気遣ひは無いと思ひまして。  『夫れでは早くさつしやい』  『有難う存じます』  と云つて、志摩は奥の方へ這入りました、両人は暫らく待つて居たが、                              一向に志摩が出て来ない、扨は矢張り油断をさせ置いて、逃げ失せたか                          ま       うめ と気遣ひながら、奥の方の様子を窺つて見ると、次の室に当つて呻き声が 聞える、是れは変だと佐五右衛門、隔ての襖をガラリと開けて見ると、宮      もろはだ                 め て        ゆんで 脇志摩には諸肌を脱ぎ、短刀の血だらけになつたるを右手に持ち、左手に         は ら 押へて居ります腹部はから紅ゐ、余程深く腹を切つたと見えて、臓腑が溢 れ出して居るなど、実に二眼と見られぬ惨酷な有様に、八田、高橋の両人    つぶ    あつけ                      は胆を潰し、呆気にとられて見て居りますと、志摩は苦しき息を吐き。  『御両氏、お察し下され、私、如何に潔白を示さんといたしても、平             うたがひ 八郎とは叔父甥の間柄、御嫌疑を蒙る事は知れた事、此志摩は養子の身分、 不浄の縄目に掛る時には、先代日向に言ひ訳なく、第一は氏神へ対して恐                          とりな れあれば、斯く切腹したる次第、何卒御奉行へ宜しく御執成し下されい、 一味せざる申し訳は斯くの通り』         こわ  と云ふ中に舌も硬ばり、モウ何を云つて居るのか解らなくなつて、其処 へバツタリと倒れました、又兵衛と佐五右衛門は此有様を見て。             おもき  『高橋殿、立帰つて此趣を、御奉行へ申し上げやうではござらぬか』  『左様、切腹をしたのは感心でござる、首を刎ねて持帰るにも及びま すまい』  『兎も角も村の名主を呼出し、此死骸の番を申し附け置いて、我々は 一応引取りませう』  と早速名主を呼出し、不都合の無きやうに、死体の番を致すやうにと命 じまして、両人は捕方の者を引連れて大阪へ立帰り、委細の事を跡部山城 守へ上申に及びましたる処、山城守は。  『御苦労であつたが、志摩が今回の一味に加はらぬと申すのは、全く 偽りであらう』  『デモ身の潔白を示すが為に切腹をいたしたる程なれば』        『イヤ然うでもあらうが、今日賊徒等が現場に取残したる、武器を一々 あらた        おほづゝ         くるま 検めたる処、大砲を乗せたる車輛の台に宮脇志摩預りと姓名を書記したる ものがあつた、シテ見ると必ず、一味に加つて居つたものに相違あるまい』                                 あざむ  と奉行の言葉を聞いて、両人は不安の念を起し、もしや志摩の為めに欺 かれしにあらざるか、今一度吹田村へ往つて、様子を篤と糺さねば相成ぬ と、両人は再び吹田村へと出張いたす事に相成りました。


幸田成友
『大塩平八郎』
その156 

『塩逆述』附録一
その1−21


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