Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.12

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その95

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十九席 (5)

管理人註
   

 お勝は是を聞いて。                    『能く覚悟をして下さつた、母も疾うからお前に、切腹を勧めやうと 思つて居ました、お前に其決心があれば、私とても家名が大事、自害をし て果てませう』                しようがい  『不所存なる私の為めに、御生害下さるとは、恐れ入つたる次第、併                     あなた し何事も前世よりの約束事でございませう、貴母が御自害なさるゝなれば、 私が御介錯を申し上げ、其刀にて直様切腹仕つります』  『オゝ介錯を頼みまする』  と日頃よりして男勝りのお勝は、懐剣を取出して鞘を払ひ、念仏を唱へ                   せうとう         は ら て居る容子を見るや否や、志摩は自分の小刀を抜て、養母お勝の腹部へ突 込んで、養母の臓腑を掴み出しました、惨酷な事をしたもので、志摩は最                          初から自分は切腹する心はない、養母を欺いて自害を為せ、其血、其臓腑 を己れが腹に塗り附け、切腹をしたと見せて、八田、高橋等を甘く欺き帰 したのでございます、実に人非人と申しませうか、言語道断の次第でござ います。  扨八田、高橋の両人から呼出されて、宮脇の家に出て来た名主は、至つ て臆病者でございまして、死んだ真似をして倒れて居る、志摩の上へは筵                          てう を被せて、傍に居りましたが、気味が悪くつて堪らない、恰ど其処へ村の 歩きをして居る庄助と云ふ男が出て来ましたから。                  おれ  『オイ/\庄助、貴様、暫らく、己に代つて、此死骸の番をして居て 呉れい、己は一寸宅へ帰つて、飯を喰つて来るから』  『ハア私が死骸の番をするのかナ』                     こ ゝ  『然うだ、何も気味が悪い事はない、当家の市助を呼んで、二人で番 をして居るが宜い、己は一寸帰つて来るから』  と庄助を残して置いて、名主は、逃げるやうに宮脇の家を出て行きまし                   あたり た、跡に庄助は、是れも薄気味悪さに、四辺をきよろ/\と見ながら。  『オイ市助どんや……オイ市助どんは居ねへのかい』     うち  と云ふ中に、今まで死んだ真似をして居た志摩は、筵を跳ね退けて、ス               いきなり ツクと立上り、手に持つて居た小刀を取直し、突然庄助の肩先きを斬付け、 アツと云つて倒れる処を馬乗りになつて、止めを刺し、死骸は自分の身代                    だし りとして上から筵を被せ、其儘裏口から逃げ出ました、また宮脇の下男市         さ き 助は、是れより以前に捕方と云ふ事が解つたので、コソ/\と逃げ出しま                    あかし   とも したから、宮脇の家は日が暮れても、誰も灯火を点す者もございません、 処へ大阪から再び手先を連れて遣つて参りました、八田、高橋の両人は、 そんな事は少しも知らないから、宮脇の門を這入つて見ると、まだ灯火 が点してございません。


幸田成友
『大塩平八郎』
その156 

『塩逆述』附録一
その1−21







































歩き
庄屋などの雑用
や使い走りに使
われた者
 


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