Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.13

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その96

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十席 (1)

管理人註
   

 高橋佐五右衛門は。  『八田氏、如何したのでござらう、名主の奴は』                                   と云ひながら提灯を持つて居りますから、両人は玄関から上り、次の室 へ往つて見ると、死体の上に筵を掛けたまゝで、誰も番人が附いて居りま せん。  『実に怪しからん奴だ、コレ/\久五郎』  と手先を呼びまして。                             あんどん  『名主は奥へ這入つて居るかも知れんから、呼んで参れ、行灯でも取 りに往つたのかも知れない』    かしこ  『畏まりました』  と一人の手先が提灯を持つて奥へ往つたが、驚いて立戻り。             ひど  『大変でございます、酷い事をやつて居ります』          『酷い事を行つてるとは、何をやつて居るか』                           こ ゝ  『マアお二人ながら座敷へ往つて御覧なさいまし、此家の老母でござ               まみ いませう、六十近い婆さんが地塗れになつて倒れて居ります』                                あけ  と云ふので、八田、高橋の両人は、奥の間へ往つて見ると、老婆が赤に 染つて倒れて居る、佐五右衛門は。  『扨は此婆さんは志摩の養母に相違ない、大方志摩が切腹したのを見       は か て、此世を果敢なんで自殺をしたものと思はれる』  『左様でござらう、義理の中でも流石は親子の情愛、併し何にしても 番を命じ置いたる、名主は何方へ往つたのか、コレお前達、誰でも宜いか ら、名主の家へ往つて見て参れ』                            あらた  と手先を名主の家へ遣りまして、両人はお勝の死体を篤と検めますと、 此お勝は自分の手に懐剣を持つては居りますが、其刀には少しも血が附い                     けいせき て居りません、切口を見ると刄物を突込んだ形痕がありますから。                    は ら  『こりやア自殺ではない、何者かゞ腹部へ刀を突込んだのに違ひはな い』                あたり          ま         したゝ  と云ひながら、提灯を差附けて四辺を見ますると、次の室の方へ血が滴                 つてあります、其血の滴りに目を注けて行くと、先刻志摩が切腹して居た ひとま 一室に伝はつてあるから、是れは変だと心注き。         ど う  『高橋氏、如何もこりやア少し変でござるぞ』             あらた  『一応の志摩の死骸も検めて見ませう』            とりの  と両人は立寄つて筵を取退け、提灯の灯で見ると、志摩ではなくツて、         きりころ        びつく 百姓らしい男が、斬殺されて居りますから、恟り驚いた二人の与力、傍に           あつけ 居ります手先の者等も呆気にとられて見て居ります処へ、手先と共に名主 の権兵衛が出て参りましたが、権兵衛は其死体を見ると、自分の代理に番   を為せて置いた、村の歩きの庄助だから、是れまた打驚き、斯様々々と委 細の事を申し述べましたが、両人は今日の昼間に来た時に、志摩の切腹を    あらた 充分に検めずして立帰つたのが、斯ういふ事になる起りでございますから、 名主権兵衛の不都合を今咎めて居るよりも、逃走した志摩を追跡して、引 捕へねば役目の表が立ちません、そこで権兵衛にはお勝の死体取片附けの 事を命じ、直ぐ両人は二手に分れ、互ひに手先の者を従へて、宮脇志摩の 行方を捜査に取掛りました。


幸田成友
『大塩平八郎』
その156 

『塩逆述』附録一
その1−21


『大塩平八郎』目次/その95/その97

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ