Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.12.14

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その97

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二十席 (2)

管理人註
   

           あるき  此方は宮脇志摩、村の歩夫庄助を殺して、自分の身代りに残し置き、裏    そつ                       あき 口から窃と抜出して、長島と云ふ処まで参りますと、一軒の空小家があり           うち ましたから、其小家の内で一夜を明かさうと思ひまして、息を休めて居る                            おつて 処へ、何者かゞ出て来て、其小家へ這入つて来る様子、扨は追人の者かと     こすみ 思つて、小隅の方に身を縮めて居ると、跡から這入つて来た者も、小家の          さ と 中に人の居る事を推知つたと見て。  『誰だ……其処に居るのは誰だ』  と云ふ声を志摩が聞いて。  『然う云ふ貴様は市助でないか』     びつく  市助も恟りして。  『ヒヤア、お前様ア旦那様でねへか』  『志摩だ、貴様も逃げて来たのか』      うち  『モウ家にやア居られねへで、逃げ出して来やしたが、旦那様、お前         ど こ さまア是れから何方へ行かつしやるだア』  『何方へ行くともまだ落着先きを定めては居らぬが、貴様は今から何 方へ行くつもりだ』  『私も行く処は極つちやアないが、お前様ア今夜此小家で寝なさるつ もりかい』  『左様に致さうかと存じて居るのぢやが』  『夫れが宜い、然うなさいまし、此小家に隠れて居りやア大丈夫だ…… 私はもつと先きまで行つて、また宜い隠れ場所を見附けて、其処で一夜を 明す事にしませう』                    いで  何と思つたのか、市助は、此空小家を立出やうとするのを見て、宮脇志    こいつ お れ 摩は、此奴乃公の事を訴人をするつもりだなと、悪く気を廻しまして。    おのれ  『汝、主人の事を訴人するか』  と云ひながら、先刻鞘のない脇差の身を、手拭に包んで持つて居りまし             の    いで      うしろ        はす たから、手早く手拭を取除けて出行く、市助の後から背中を斜に斬附けま した。  アツト云つてバツタリ倒れた市助を引摺つて、空小家の横手にあつた古         井戸へドンブリ陥めて、其儘夜道を取急ぎ、神崎川を渡らうと榎木本の渡 し場まで来ると、渡し守の居る小家には、淀稲葉の役人が、落武者が来る かと、網を張つて待搆へて居る様子、捕まつてはならぬと道を転じて、庄     い     あ        ど て               うち 本村へ出で、彼れから猪名川の堤防続きまで足を運びましたが、其中に夜               いづく          おほ は明近くなつて来ましたから、何方へ行つてもモウ逃げ果せる事は出来な                            のんど いと覚悟を定め、土堤を下りて一本の柳の木の下に立寄り、咽喉を貫いて                           ○ ○ ○ 自殺を遂げました、処がいつの間にやら、半身川の中へのめり込んで居り ますのを、翌日に至つて土地の者が見附け、大阪へ死体を送りましたが、 吹田村の名主権兵衛も不都合だが、八田、高橋の両人は大の失態でござい ます、併し宮脇志摩は自殺をいたしましたので、両人へは格別の咎めもな く、穏便に相済みました。


幸田成友
『大塩平八郎』
その156 

『塩逆述』附録一
その1−21


『大塩平八郎』目次/その96/その98

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