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彦次郎 その御返答、内山彦次郎申上るで厶り升る
〔ト 出る
伊賀守 貴殿は内山彦次郎殿
之助 只今出仕
皆 々 召され升たか
彦次郎 如何にも御上御使入来の義に附、山城守様の御内意を承り候内、
遅刻の義は真平御免被下升せう
紀伊守 スリヤ其方が内山彦次郎とな、対面は是が始めて許るす、近う/\
彦次郎 然らば御免蒙るで厶り升る
〔ト 舞台へ来る
紀伊守 シテ上使への返答は
彦次郎 ハアヽ、御上使の趣、お次に於て逐一承り奉る、勝時丸の短刀、
お渡し申で厶り升
新左衛門 アイヤ内山氏、当国の重宝をアノ御上使様へ、お渡し召さるゝ
とな
彦次郎 如何にも
伊賀守 イヤ、当国は国主代りに預り奉る両奉行、其合役の山城守病中な
れば、渡す事は罷成らぬ
彦次郎 恐乍ら、そりや心得違かと存じられ升る
伊賀守 とは又、なぜ/\
彦次郎 左れば、勝時丸の剣の義は、申さは鎌倉の御宝を御自身に仰せあ
る事、返し奉るが是順道、左るに因て、御上使にお渡申と申せし某
が誤りで厶る升るかな
伊賀守 左様申さば是非に及ばぬ、兎も角も勝手次第
紀伊守 イヤ、驚入たる内山が詞、此上は勝時丸、受取らうや
彦次郎 如何にもお渡し申奉らんが、何卒御座改めて御受取被下せう
梶五郎 イヤ、勝時丸の御剣、御上使へ差上る事なり升まい、仮令御直参
の大岡様でも、底意の知れざる上使の手へ渡さうといはつしやる内
山殿の心底○ハヽコリヤ紀伊守様の権威に恐れ、諺にいふ御前追従
か、小禄なれども近藤梶五郎、不分明なる義は承引は仕らぬ、達て
とあれば某がお相手になり升せうか
彦次郎 ハテ何事も某が思慮にあり、春の夜の闇は白黒なし、梅の花
梶五郎 色こそ見へね香やは隠れん○イヤ面白ろい
彦次郎 得心なれば、御剣御内見の用意を召され
梶五郎 畏り升た
〔ト 橋掛りへ這入る
彦次郎 此上は大客間で不浄を払ひ、宝剣お受取り被下升せう
紀伊守 然らば汝が詞に随ひ
伊賀守 八田、高橋の両人は、おもてなしの用意召れ
両 人 委細畏つて厶り升る
紀伊守 然らば方々
彦次郎 御上使様には先
皆 々 入らせられ升せう
〔ト 皆々這入る、跡に彦次郎、之助、新左衛門残つて
新左衛門 イヤ何、内山氏、彼御剣は軍勢催促に用ゆる第一の宝、迂濶に
手渡しする時は当城の一大事
之助 殊に跡部公、御病気の事なれば、一応も再応も御所存の廻らされ、
大塩氏とも御談合の上にて然るべう存ぜられ升る
彦次郎 之助殿、貴殿此書を持て、お納戸菅野孫右衛門に対面致し、コ
レ
〔ト く
之助 然らば是より直様御免
〔ト 向ふへ這入る
新左衛門 シテ御上使へは弥以て御剣をば
彦次郎 武士の詞に二言は厶らぬ
新左衛門 若しや跡部公のお咎めあらば
彦次郎 其時こそは拙者が切腹
新左衛門 スリヤ一命にアノ替へても
彦次郎 内山彦次郎は武士で厶る
〔ト 奥へ這入る
新左衛門 命に替へても上使をかばう内山が所存、何でも彼が心に一物、
減多に油断は○
〔ト 是にて木の頭
新左衛門 ならぬわい
〔ト 思案の思入にて返し
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「大塩噂聞書」
(摘要)
厶(ござ)り
(ささや)く
木の頭
(きのかしら)
幕切れの台詞や
動作のきまりに
合わせて打つ拍
子木の最初の音
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