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造物 高二重金襖、上下落間 網代塀 大なる桜の実木
桜の釣枝 二重前側障子
例の所 切戸誂らへの相方にて道具止る
〔ト 障子の内にて
梶五郎 御上使様には、御退屈に厶り升せう
弥九郎 障子を開き、ちと御気鬱を
両 人 お晴らす遊ばし升せう
〔ト 前側障子を開くと、真中に紀伊守、左右に梶五郎、弥九郎居る
紀伊守 今日は種々のもてなし、過分に存ずる
梶五郎 イヤ、何がなお慰みにと存じ升たれど、是ぞと申趣向もなく、此
上は女中方を呼出し、琴三味線の一曲、お慰みに差上け申さん
弥九郎 ソレ女中方、御用意よくば急いでこなたへ
女 中 ハアゝ
〔ト 向ふより小菊、呉羽、若竹、綾葉、松ケ枝、お次、筒花生に、梅、
桜、山吹、杜若、卯の花、藤の花を入て、名々に持出て
小 菊 君ならて誰にか見せん梅の花色をも香をも知る人そ知る
呉 羽 色見へて美し物は世の中の人の心は本にそなりれる
若 竹 君様へ見せもし見もし好もしい紫色にしやちはつた藤
綾 葉 山吹の花に色香はありなから実のらぬ事のなとか恨めし
松ケ枝 浅池の水に花咲く杜若江戸紫の色そ恋しき
お 次 月と迄見紛ふものは卯の花の盛り床しき賤か生垣
小 菊 御上使様へお慰みに
松ケ枝 私等が此御献上
お 次 御覧被成て被下升せうならば
皆 々 有難う存じ升る
紀伊守 イヤ、あてやかなる贈物、過分にこそあれ
弥九郎 ソレ御上使には御賞美のお詞、先々是へ
小 菊 左様なれば
お 次 お免るし被成て
皆 々 被下升せう
〔ト 舞台へ来る
紀伊守 シテ各々は何人の息女なるぞ
小 菊 ハアヽ、私事は内山彦次郎が妹、小菊と申升る者
呉 羽 私事は白井幸右衛門が妹、呉羽
若 竹 萩原弥九郎が妹、若竹
綾 葉 吉見九郎右衛門が娘、綾葉
松ケ枝 庄司儀左衛門が娘、松ケ枝
お 次 恐ながら、私は大塩平八郎が娘、次と申升る者
小 菊 お見知り置れ
皆 々 被下升せう
紀伊守 何れ劣らぬ口吟み、分けて秀逸は卯の花の一首、心ありげな詞の
てには、ハテ奥床しい
若 竹 イヤ/\申、御上使様、奥床しいは藤の火木とさへ見れば嫌ひな
く、しめつからみつ花咲かす、こんなしほらしい花は厶り升せぬ故、
御上使様へ私が心を籠めた捧げ物、夫がお目に留らいで、何の風情
もない卯の花が、お目に留るといふは、本に物好きな御上使様であ
るわいなア
小 菊 是は又はしたない、若竹様、御上使様へ余りの失礼、ちとお扣へ
被成升せ
紀伊守 アイヤ、詞咎めは席による、打捨て置きやれ
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「大塩噂聞書」
(摘要)
誂(あつ)ら
厶(ござ)り
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