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〔ト 奥へ這入る、平八郎懐より手紙三四本出し
平八郎 鴻池を始として、三井、岩城、米平迄も皆々替らぬ此返事、コリ
ヤ一分別致さねばならぬわい
〔ト奥より喜助出て
喜 助 是は/\旦那様、承り升れば此度のお身の災ひ
平八郎 喜助、コリヤ天災じやわいハヽヽ○コリヤ/\申附けた品、早う
持て/\
お 律 畏り升た○
〔ト 酒肴を持て出て
お 律 持参致し升た
平八郎 ヲヽ大義/\、用事あらば手を鳴らす程に、奥へ行きやれ
お 律 ハイ/\
〔ト 奥へ這入る
平八郎 サア喜助、一つ呑みやれ
喜 助 ヘイ有難う厶り升る、お久しぶりで
お酌仕り升せう
〔ト 両人酒を呑む事あつて
平八郎 イヤ何、喜助、此程市中には変りし話しはないか
喜 助 イヤモウ、此様に飢饉が続き升て、何所も彼所も不景気な話斗り、
夫に附て噂には大塩様からお救ひが出る、有難い事じやと、今日か
明日かと待ており升る様に厶り升る
平八郎 スリヤ、下々の者共が待ておると申のか
喜 助 ヘイ
平八郎 アノ下々の者が○
〔ト 急度思入あつて、最前の手紙を寸々に引裂き、喜助と顔見合して
気を変へ
平八郎 アヽ不愍な者じやのう
喜 助 イヤ申、旦那様、御用向は荒増奥様より承り升たが、弥大切なる
あの書物を
平八郎 何卒よきに計らひくりやれ
喜 助 畏り升て厶り升る、旦那様には下々の者故に夫程迄に御心配被成
升るが、南辺らはどのやうな病人でも、薬を呑さずに、お守で即座
に治す妙な医者が出来升て厶り升る
平八郎 其守りとは如何様なる守りじや
喜 助 其守りは白木の三宝に乗せて厶り升るが、箱は一尺四五寸、深さ
二寸も厶り升せうが、錦の切で包んで厶り升る
平八郎 シテ其医者の年格好は
喜 助 年の頃は廿四五、背高からず、低からず、色白くして鼻筋通り、
慥に詞は京詞が交り升る
平八郎 シテ其物は八坂前の出産にて吉五郎とは申さぬか
喜 助 イエ、吉之助と申升る
平八郎 カ○ムヽヽ、よし/\、妻子はあるまい
喜 助 ヘイ、一人者で厶り升るが、其人の奢りに引替へて、此様な着物
迄売て、今日を送る者も厶り升る
〔ト 継々の着附けを見せる
平八郎 其古着求めて遣はさう
喜 助 エヽ、此きたない古着をば
平八郎 ヲヽ、其方代々出入なれば、仮令大事を明かすとも、余もや他言
は致すまい
喜 助 そりやおつしやる迄も厶り升せぬ、仮令どの様な目に逢ひ升ても
平八郎 他言はせぬな
喜 助 ヘイ
平八郎 ヲヽ、ういやつ、手引致せ
喜 助 何手引とは
平八郎 先達て御宝蔵へ忍入り、勝時丸を奪ひ取たる八坂の吉五郎に相違
ない、其守りこそ紛ふ方なき勝時丸
喜 助 そんならあいつは大盗人であつたか、ヤア/\/\
平八郎 シテ彼者の居所は
喜 助 其居所は、モシ
〔ト く
平八郎 然らば汝は先へ廻つて他行せぬ様留め置け
喜 助 心得升た
〔ト 向ふへ走り這入る、下手より三平、上手家体よりお勇出て
お 勇 我夫
三 平 旦那様
平八郎 そちや奥、三平
お 勇 今の話しを
両 人 承り升た
平八郎 忰格之助
格之助 ハアヽ○
〔ト 按摩の形りにて上手より出て
格之助 仰附けられ升たる用意致し升て厶り升る
三 平 ヤヽ若旦那の
両 人 此形りは
格之助 御剣取得る手立の姿
三平・お勇 遖れ計畧
〔ト 平八郎、右の着継の着附に着替へ、三平、めんつう袋と菰を持て
出る
平八郎 コリヤ三平、汝は手の者引連れて、彼を逃さぬ手配り致せ
三 平 然らは拙者は直様跡より
お 勇 如何に宝の御詮議とて、余りといへばいぶせき此形り
平八郎 昼は浪人、夜るは乞食
格之助 身は定めなき夢の世の
三平・お勇 変れば変はる
平八郎・格之助 アコレ
〔ト 格之助、通ひ花道へ、平八郎、本花道へ行き
格之助 按摩、肩擘
平八郎 お余り○
〔ト 菰を冠るが木の頭
平八郎 下さい
〔ト 皆々宜しく返し
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「大塩噂聞書」
(摘要)
厶(ござ)り
(ささや)く
形(な)り
遖(あつぱ)れ
めんつう
面桶
檜・杉などの薄
板を曲げて作っ
た楕円形の容器
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