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造物 二重襖、通り 張交せの唐紙
上の方に床の間あり、此前荒菰を敷、白木の三宝の上に短刀を箱に入
れ、錦の帛紗にて包み飾ある
上手 落間板塀、此前柴垣 雪見灯篭 例の所 異風なる入口 都て
数寄屋の飾附け
二重に吉五郎、酒を呑んで居る、傍に喜助、酌をして居る誂らへの相
方にて道具留る
喜 助 先生、最一つお上り被成升せ
吉五郎 イヤ/\喜助殿、今宵は肴が厶らねど、遠慮なしに呑で下され、
此盃は献じ升せう
喜 助 ヘイ、頂戴致すで厶り升せう○
〔ト 酒を呑みながら扇を見て
喜 助 モシ先生、是に厶り升る扇面は、貴君の画で厶り升るか、一寸拝
見を
吉五郎 イヤ、是は拠なう頼まれて、慰み旁致したが、扇面抔は素人には
書けぬもの、思はず肩を凝らし升た
喜 助 ちつとお肩を叩き升せうか
吉五郎 イヤ、今に按摩が参れば取らすで厶らう
〔ト 下手よりお雪出て来り
お 雪 吉之助様、お内にお出被成升たかいなア
吉五郎 誰かと思へばお雪殿、悪い場所へ
喜 助 エ
吉五郎 イエ、今頃何所へお出被成た、夜分の事故、早うお帰り被成升せ
お 雪 イエ、私しや貴君にいはねばならぬ事があつて
吉五郎 何の御用か存ぜねども、只今来客が厶れば
お 雪 イエ、お客といへば何時もお出の古手屋さん、大事厶んせぬわい
なア○モシ吉之助様、あんまりじや/\わいなア
〔ト 喜助の傍迄すり寄る、是にて喜助、持つたる盃の酒を溢ぼし
喜 助 是は怪しからぬ、酒を溢して仕舞た○申、先生、此お方はどちら
のお娘御で厶り升
吉五郎 其お方は、此三四軒先の糸店の御息女で厶るが、それは/\内気
なお生れ、客来の所では口も決してお利被成れぬ御気質○夫ではモ
ウお帰りで厶るか
お 雪 イエ/\幾ら帰れとおつしやつても、滅多にいぬ事では厶り升せ
ぬ、最前美くしい女子の手をさすつたり、胸を撫でたり、色々な事
を仕たのをば、私しや知つており升わいなア
喜 助 モシ先生、味い事を被成升なア
吉五郎 喜助殿、誠に面目次第も厶らぬ
喜 助 何の貴君、コリヤ若い内は誰しもあり内で厶り升○モシお雪様と
やら、何も御遠慮被成には及び升せぬ、何なとおつしやり升せ○モ
シ先生、全体貴君が悪う厶り升、女子を引入れ、撫たりさすつたり
仕ては此お娘御が腹を立るも尤もで厶り升
吉五郎 夫は先刻祈祷に参つた娘が厶るが、半身なへる病気故、夫で手前
が腕を捕らへて祈祷を致して遣はし升た、アハヽヽヽ
喜 助 コリヤ、飛だ大間違ひじや
お 雪 ヤレ/\嬉しや、私も落着たわいなア○然し吉之助様、必らず変
つて下さんすなへ
吉五郎 何の変つてよいものぞ、身が心は是見やれ、此扇面に書いたる玉
椿の八千代迄
お 雪 私の心も其通り、松の操の末かけて、変らぬ色の常盤木に
喜 助 巣をくふ鶴の雛鳥も、頓て目出度う御誕生
吉五郎 時に扇の夫迄は
お 雪 互ひに世間へ平骨の
喜 助 知らさぬ様に被成るのが
吉五郎 夫ぞ恋路の肝心要
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「大塩噂聞書」
(摘要)
誂(あつ)らへ
厶(ござ)ら
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