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〔ト 助左衛門、上手の障子を明て聞居てそつと締る
淵次郎 左様厶れば平山氏
助次郎 淵次郎殿
淵次郎 御親父へ宜しく
浄るり 礼儀正しくしづ/\と、屋敷をさして立帰る、跡に助次郎、思案
顔、手を拱て兎や角やと、忠と義心の二筋に、逆踏み迷ふ胸の内、
思案の扇がらりと捨て
助次郎 コリヤ律はおらぬか、茶を一つ持参しやれ
お 律 畏り升た○
浄るり ハツと答へて次の間より、持て出たる煎じ茶の、花香床しき其風
情
お 律 サア、お上り被成升せ
〔ト 蓋附の湯呑を茶台に乗せて持出て差出す
助次郎 ヲヽ太義/\、某が居間へ参つて料紙、硯、取て来てたもれ
お 律 畏り升た○
〔ト 奥へ這入る、助次郎、扇にて膝に居る蠅を叩き、茶碗の中へ入れ
る、お律出て来り
お 律 持参仕つて厶り升る
助次郎 ヲヽ太義/\
〔ト 茶碗の蓋を取つて
助次郎 此茶は只今立たのではなうて、二番煎じと申す様な事か
お 律 イエ/\、只今きびしよもめ、お鉄瓶のお湯にて煮立升たので
厶り升る
助次郎 夫に致しては此茶碗の中には蠅が一匹這入つておるぞよ
お 律 エヽ○本にマア心附かぬ御免被成て被下升せ
助次郎 汲替へて持て来やれ
お 律 ハイ/\
浄るり 行んとするを助左衛門、首筋とつて丁々々
〔ト 奥より助左衛門、ツカ/\と出て、お律の首筋を捕て引附け、烟
管にて叩く
助次郎 親人、コリヤ律を何と被成升るな
助左衛門 こな麁相者め、此蠅といふ虫、食事の中ー入る時は、大毒とな
る、助次郎は言号の夫でないか、夫を大切に致すが女の道、其夫に
毒を与へんとは、言語同断、左様な者は忰が嫁には身が致さぬ、サ
ア早く里へ帰れ
お 律 アヽ申、お爺様、何の心も附かず差上升たは、重々私が誤り、此
後は急度心得升せう程に、お赦し被成て被下升せ、お慈悲で厶り升
るわいなア
浄るり 彼方を拝し、此方を拝み、詫涙こそ道理なり、助次郎、不便とも
いはぬ心はいふ百倍、胸に満ち来る涙を隠し
助次郎 コリヤ律、親人の日頃の御気質、能く存じておるでないか、何事
も某に任かせ、一先里へ立帰れ○サア又折を見て悪うは致さぬ○ハ
テ行きやれと申に
浄るり 言含むるも妹背鳥、恩愛の程斯やらん、お律はやう/\分て
お 律 お叱りも此身の錆、是非なくお暇申升る、只何事もよい様に
浄るり お願い申上升と頼むも涙、頼まるゝ夫も顔に出さねど心の内の暇
乞、こなたも名残り鴛鴦の、跡に心は残れども、是非なく/\も立
出しが、何か心の一思案、立戻りたる柴垣に、身を潜めてぞ忍び居
る、助左衛門はすり寄つて
助左衛門 忰、嫁を里へ帰せしは、其方が望みの通りであらうがな
助次郎 何、某が望みとは
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「大塩噂聞書」
(摘要)
きびしよ
きゅうす
急須
厶(ござ)り
言号
(いいなずけ)
妹背鳥
(いもせどり)
ほととぎす
鴛鴦
(えんおう)
おしどり
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