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役人替名
一 馬士鹿蔵 一 女房お慶
実は若党三平 一 宇津木矩之丞
一 庄屋五郎作 一 幻の吉五郎
一 馬士八八 一 百姓大勢
一 娘お菊 竹本連中
造物 三重襖、通り、押入、納戸口、赤壁
上手障子家体 下手世話塀
例の所、門口舞台に、お慶、針仕事をなし、お菊、糸をつけいで居る
誂への唄にて幕開く
お 菊 申、姉さん、ちつと休ましやんせぬかいなア
お 慶 イヤ、私よりは其方がちつと休んだがよい、余所の娘達は、今日
は節句じやといふて遊ぶのに、其方は其様に精出して、又疲れが出
では悪いわいのう
お 菊 イエ/\、私は仕事を仕掛たら片附て仕舞はねは気が済ま
ぬわい
なア、さうして兄さんは何時頃戻らしやんすであらうなア
お 慶 さいのう、四五日の旅じやといふて、行かしやんしたが、何ぞ叶
はぬ用が出来た故、此様に隙が入るのであらうわいのう
〔ト 向ふより五郎作出て
五郎作 姉御、内にか
お 慶 ヲヽお庄屋様、マアお這入り被成て被下升せ、妹、お茶上升てた
もや
お 菊 ハイ/\
五郎作 時に十作殿はまだ帰らずかや
お 慶 サア何で此様に遅い事じやと案じており升るわいなア
五郎作 行かれてモウ七日斗り、今に帰らぬとは不思議な事じやのう、イ
ヤモウ此間の八坂のかたりの浪人者が此九條辺を彷徨との事、搦捕
て差出せとのお代官より仰せ、コレ帰り次第来る様にいふて下され
や
お 慶 ハイ/\畏り升た
五郎作 ヲヽお菊坊、美しうなつたのう、是ではこちの忰の嫁に貰はにや
ならぬわいのう
お 慶 ハイ/\、どうぞ貰ふて被下升せ、よい嫁御さんで厶り升せう、
ホヽヽヽ
五郎作 先是で嫁御の約束は出来たといふもの、そんなら姉御
お 慶 能う厶り升た○
〔ト 五郎作、向ふへ這入る
お 慶 八坂のかたりとあるからは、噂のあつた幻の
お 菊 姉さん、何ぞ心掛りな事じや厶んせぬかへ
お 慶 イヤ其様な事じやないわいのう
〔ト 向ふより鹿蔵出て来り、直ぐに居直り
鹿 蔵 姉御、内にでごんすか
お 慶 オヽ鹿蔵さん、マア一服しやしやんせ
鹿 蔵 イヤ姉御、搆ふて被下るな、まだ十作は戻らずか
お 慶 今に帰りがない故、案事て居るわいなア○さうして鹿蔵さん、何
ぞ用でも厶んしてかへ
鹿 蔵 サア毎日斯うして足を運ぶも妹の話し、今日は是非共埒明けて貰
うと思ふて
お 慶 サア何をいふても縁斗りは姉の儘にもならぬもの、然し今日は返
事をするわいなア
お 菊 アヽモシ姉さん、滅多な事を
お 慶 是はしたり、姉が悪うはせぬ程に、マア落着て居やいのう○夫に
附ても色々とお前に談しもある程に、マア奥へ往て寛りと
鹿 蔵 成程妹の居る所で談しを聞くもあぢなもの、そんなら姉御
お 慶 鹿蔵さん
鹿 蔵 ドレ返事をは聞うかい
〔ト 両人奥へ這入る、向ふより八八出て門口へ来て
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「大塩噂聞書」
(摘要)
誂(あつ)らへ
厶(ござ)る
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